言志四録 / 言志晩録 第百十四条 民心を金城湯池と為す
海警不可不豫備。然環海之廣。其可以盡爲防禦乎。莫若固結民心以爲金城湯池。沿海皆能如是。外寇不足爲虞。不然。雖設數萬巨熕。亦足以資戎寇。無益也。
新字:海警不可不予備。然環海之広。其可以尽為防禦乎。莫若固結民心以為金城湯池。沿海皆能如是。外寇不足為虞。不然。雖設数万巨熕。亦足以資戎寇。無益也。
書き下し
海警は予め備へざるべからず。然れども環海の広き、其れ以て尽く防禦を為すべけんや。民心を固結して以て金城湯池と為すに若くは莫し。沿海皆能く是くの如くならば、外寇虞と為すに足らず。然らずんば、数万の巨熕を設くと雖も、亦以て戎寇に資するに足るのみ。益無きなり。
現代語訳
海からの脅威には前もって備えないわけにはいかない。しかし四方を海に囲まれたこの広さで、すべてを防御し尽くすことなどできようか。民の心を固く結束させ、それを堅固な城と熱湯の堀とするに及ぶものはない。沿岸がみなこのようであれば、外敵は心配するに足りない。そうでなければ、数万の大砲を据えても、かえって敵に武器を与える結果になるだけで、何の益もない。
解説
海防論の核心を述べた条です。四方を海に囲まれた日本の長い海岸線を、砲台で守り尽くすことはできない。最も確かな守りは、民心を固く結んで「金城湯池」とすることだと一斎は言います。金城湯池は金属の城壁と熱湯の堀、つまり難攻不落の守りのたとえです。民心が離れていれば、数万の大砲を並べてもそれは敵に奪われ、かえって敵を利するだけだという指摘は鋭いものです。先の「器械を頼む勿れ、当に人心を頼むべし」を具体的に展開した条といえます。仕組みや設備にいくら投資しても、それを支える人々の信頼と結束がなければ役に立たない。組織の守りの本当の土台がどこにあるかを考えさせます。
この章句が説くこと
民心海防金城湯池結束人心
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