言志四録 / 言志晩録 第百九条 攻法あれば守法あり
有攻法。必有守法。禦大炮。聞西蕃用鍛牛革。形屋大。須査。
書き下し
攻法有れば、必ず守法有り。大炮を禦ぐに、聞く、西蕃は鍛へたる牛革を用ふと。形は屋ほど大なりと。須らく査すべし。
現代語訳
攻める方法があれば、必ずそれを守る方法がある。大砲を防ぐのに、西洋諸国では鍛えた牛の革を用いると聞く。その形は家屋ほどに大きいという。調べてみなければならない。
解説
どんな攻撃にも必ず防ぎ方があるという原則を述べ、西洋の大砲への防御法という伝聞を書き留めた条です。鍛えた牛革を家ほどの大きさにして砲弾を防ぐという話の真偽はわかりませんが、一斎はそれを信じ込むことも退けることもせず、前条と同じく「須らく査すべし」と記します。西洋の軍艦と大砲が日本近海に現れ、その威力が恐れられていた時代です。攻法に対して必ず守法があると考えれば、未知の脅威にもいたずらに怯えずに済みます。一方で、伝聞は確かめてから使うという慎重さも忘れません。新しい脅威に直面したとき、冷静に対抗策を探しつつ、情報の真偽を見極める姿勢の手本になります。
この章句が説くこと
攻守海防検証対抗策西洋
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李衛公問対・卷中太公の『六韜』に守禦の具を言ふのみ、攻戦の施す所に非ざるなり。」
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孫子・行軍篇敵近くして静かなる者は、其の険を恃むなり。遠くして戦いを挑む者は、人の進むを欲するなり。其の居る所の易なる者は、利あればなり。
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