言志四録 / 言志晩録 第百六条 防火の隊に深慮あり
都城置十隊八方之防火。極有深慮。葢不專在撲滅。而在指揮操縱之熟。侯家亦宜躰其意。勿令騎將徒華麗其服。以競觀美。爲得。
新字:都城置十隊八方之防火。極有深慮。葢不専在撲滅。而在指揮操縦之熟。侯家亦宜体其意。勿令騎将徒華麗其服。以競観美。為得。
書き下し
都城に十隊八方の防火を置くは、極めて深慮有り。蓋し専ら撲滅に在らずして、指揮操縦の熟に在り。侯家も亦宜しく其の意を体すべし。騎将をして徒に其の服を華麗にし、以て観美を競はしむる勿きを、得たりと為す。
現代語訳
江戸の町に十隊を置いて四方八方の火の備えとしているのは、きわめて深い配慮がある。思うにそれはもっぱら火を消すことだけが目的ではなく、指揮し統率する動きに習熟させることにある。諸大名の家もその意図を体得するのがよい。騎馬の将に、いたずらに服装を華やかにさせて見栄えを競わせないことが、正しいやり方である。
解説
江戸幕府が旗本に命じて置いた定火消は十組で、江戸の四方八方の火事に備えていました。一斎は、その狙いが単なる消火ではなく、泰平の世で失われがちな指揮統率の訓練にあると見ます。火事場は戦場に似て、人を動かし隊を操る実地の場だからです。そのうえで、大名が出す火消しの騎馬の将が、華美な装束で見栄を競っている風潮を戒めます。当時の大名火消は火事装束の豪華さで知られていました。本来の目的を見失えば、訓練の場もただの見せ場になってしまいます。制度や行事がもともと何のためにあるのか、その意図を汲んでいるかを問い直す手がかりになる一条です。
この章句が説くこと
防火訓練指揮統率形骸化本来の目的
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