言志四録 / 言志晩録 第八十三条 天を以て感ず
以天感者。不慮之知也。以天動者。不學之能也。
新字:以天感者。不慮之知也。以天動者。不学之能也。
書き下し
天を以て感ずる者は、不慮の知なり。天を以て動く者は、不学の能なり。
現代語訳
天のはたらきのままに感じ取るのは、考えなくても知る知(良知)である。天のはたらきのままに動くのは、学ばなくてもできる能(良能)である。
解説
前条の「不慮の知」を受け、良知と良能を「天」の語で言い直した条です。『孟子』尽心上に「人の学ばずして能くする所の者は其の良能なり。慮らずして知る所の者は其の良知なり」とあります。一斎は、作為や計算を交えず、天から与えられたままに感じ取るのが良知、天のままに動くのが良能だと言います。朱子学の官学を担いながら、陽明学の良知説に深く共感した一斎の立場がよく表れています。とはいえ、学問や思慮を否定しているのではなく、それらが最後に行き着くのは、考える前に正しく感じ動く状態だということでしょう。経験を積んだ人の直観がどこから来るのか、考える手がかりになります。
この章句が説くこと
良知良能天直観孟子
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