言志四録 / 言志晩録 第八十二条 誠意は夢寝に兆す
誠意兆於夢寢。不慮之知使然。
新字:誠意兆於夢寝。不慮之知使然。
書き下し
誠意は夢寝に兆す。不慮の知之をして然らしむ。
現代語訳
意が誠であるかどうかは、眠って夢を見ているときに兆しとなって現れる。考えずとも自然に知る知(良知)が、そうさせるのである。
解説
心の本当のありようは、意識の働かない眠りの中にこそ現れると一斎は言います。「誠意」は『大学』の八条目の一つで、自らを欺かず意を誠にすることです。昼間は取り繕えても、夢の中までは装えません。その夢に誠不誠の兆しが出るのは、「不慮の知」、すなわち『孟子』のいう、考えなくても知る良知のはたらきによるというのです。陽明学が重んじる良知を、夢という身近な経験で説明しているのが一斎らしいところです。『論語』で孔子が夢に周公を見なくなったと嘆いた話にも通じます。意識して演じている自分と、力を抜いたときに出てくる自分の間にどれほど隔たりがあるか。自分の本心を点検する一つの視点になります。
この章句が説くこと
誠意良知夢自己欺瞞慎独
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