言志四録 / 言志晩録 第七十七条 地体を察すべし
人爲地氣之精英。生於地而死於地。畢竟不能離地。宜察地體爲何物。朱子謂地卻是有空闕處。天之氣貫在地中。卻虛有以受天之氣。理或然。余所作地體圖。不知能得彷彿否。
新字:人為地気之精英。生於地而死於地。畢竟不能離地。宜察地体為何物。朱子謂地却是有空闕処。天之気貫在地中。却虚有以受天之気。理或然。余所作地体図。不知能得彷彿否。
書き下し
人は地気の精英たり。地に生じて地に死す。畢竟地を離るる能はず。宜しく地体の何物たるかを察すべし。朱子謂ふ「地は却って是れ空闕の処有り。天の気は貫きて地中に在り。却って虚にして以て天の気を受くる有り」と。理或いは然らん。余の作る所の地体図、彷彿を得るや否やを知らず。
現代語訳
人は大地の気の最も優れた精華である。地に生まれ地に死ぬ。結局のところ大地を離れることはできない。だから大地の本体が何であるかを察するべきである。朱子は「大地にはかえって空いたところがある。天の気は貫いて地中にある。かえって虚であることによって天の気を受けるのである」と言った。道理としてはそうかもしれない。私の作った地体図が、その姿をいくらかでも写し得ているかどうかはわからない。
解説
人は天地の気から生まれるというのが宋学の人間観ですが、一斎はここで「地」に焦点を当てます。人は大地の気の精華として地に生まれ地に死ぬのだから、大地とは何かを知るべきだと言うのです。朱子の語録には、大地は中が詰まった塊ではなく、空いたところがあって天の気がそこを貫いているという説があります。一斎はこれに理があるとし、自ら「地体図」を作ったと記しています。儒者でありながら、自然の構造にも関心を寄せ、図に描いて考えようとした一斎の探究心がうかがえます。自分が立っている足元の土台を知ろうとする姿勢は、事業の基盤や組織の成り立ちを理解しようとするときにも通じるものがあります。
この章句が説くこと
天地気自然観探究心足元
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