言志四録 / 言志録 第百九十六条 人は即ち地なり
水氣結爲魚鼈。魚鼈。即水也。而魚鼈不自知其爲水。山氣結爲禽獸。爲草木。禽獸草木。即山也。而禽獸草木不自知其爲山。地氣之精英結爲人。人。即地也。而人不自知其爲地。
新字:水気結為魚鼈。魚鼈。即水也。而魚鼈不自知其為水。山気結為禽獣。為草木。禽獣草木。即山也。而禽獣草木不自知其為山。地気之精英結為人。人。即地也。而人不自知其為地。
書き下し
水気結びて魚鼈と為る。魚鼈は即ち水なり。而るに魚鼈は自ら其の水たるを知らず。山気結びて禽獣と為り、草木と為る。禽獣草木は即ち山なり。而るに禽獣草木は自ら其の山たるを知らず。地気の精英結びて人と為る。人は即ち地なり。而るに人は自ら其の地たるを知らず。
現代語訳
水の気が凝り固まって魚やスッポンとなる。魚やスッポンはそのまま水なのである。しかし魚やスッポンは自分が水であることを知らない。山の気が凝り固まって鳥獣となり、草木となる。鳥獣や草木はそのまま山なのである。しかし鳥獣や草木は自分が山であることを知らない。大地の気の最もすぐれた精華が凝り固まって人となる。人はそのまま大地なのである。しかし人は自分が大地であることを知らない。
解説
水から魚が、山から鳥獣や草木が生まれるように、人は大地の気の精華が凝り固まって生まれたものだと一斎は言います。万物は気の集まりであるという宋学の気の思想を、身近なたとえで語ったものです。魚が自分を水と知らないように、人も自分が大地の一部であることを忘れている。この「知らず」の繰り返しに、一斎の問いかけがあります。自分を周囲から切り離された独立した存在と思い込むとき、人は自分を生かしているものを見失います。次の条でも同じ主題が続き、一斎が繰り返し考えた問題であったことがわかります。自分の仕事や組織が、どんな土壌に支えられて成り立っているかに思いを向けさせる一条です。
この章句が説くこと
気天地一体自覚自然観
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