言志四録 / 言志晩録 第七十三条 心の得る者は口言ふ能はず
目観者。口能言之。耳聞者。口能言之。至於心得者。則口不能言。即能言。亦止一端。在學者之逆而得之。
新字:目観者。口能言之。耳聞者。口能言之。至於心得者。則口不能言。即能言。亦止一端。在学者之逆而得之。
書き下し
目の観る者は、口能く之を言ふ。耳の聞く者は、口能く之を言ふ。心の得る者に至りては、則ち口言ふ能はず。即ひ能く言ふとも、亦た一端に止まる。学者の逆へて之を得るに在り。
現代語訳
目で見たことは、口で言うことができる。耳で聞いたことも、口で言うことができる。しかし心で会得したことについては、口で言うことができない。たとえ言えたとしても、その一端にとどまる。学ぶ者が、自ら推し量って迎え取ることによってこれを得るほかない。
解説
見たことや聞いたことは言葉で伝えられますが、心で会得したことは言葉にならない。言えたとしてもほんの一端だ、と一斎は言います。『易経』繋辞伝の「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」にも通じる洞察です。そこで学ぶ者に求められるのは「逆へて之を得る」こと。これは『孟子』万章上の「意を以て志を逆ふ」を踏まえ、言葉の奥にある作者の心を、自分の心で迎えに行って受け取ることです。書き手の側から見れば、言志四録のような短い言葉も、読む人の迎え取りがあってはじめて生きるということでしょう。熟練者の勘やコツは言葉で教えきれません。受け手が自ら迎えに行く姿勢があるかどうかで、伝わるものが大きく変わります。
この章句が説くこと
心得暗黙知言葉の限界自得読書法
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