韓非子 / 說林上二十二
管仲曰:「老馬之智可用也。」乃放老馬而隨之,遂得道。行山中無水,隰朋曰:「蟻冬居山之陽,夏居山之陰。蟻壤一寸而仞有水。」乃掘地,遂得水。
新字:管仲曰:「老馬之智可用也。」乃放老馬而随之,遂得道。行山中無水,隰朋曰:「蟻冬居山之陽,夏居山之陰。蟻壤一寸而仞有水。」乃掘地,遂得水。
書き下し
管仲曰く、「老馬の用う可きなり。」乃ち老馬を放ちて之に隨い、遂に道を得たり。...隰朋曰く、「蟻...仞の水有り。」乃ち地を掘りて、遂に水を得たり。
現代語訳
管仲は「老馬の知恵が使えるだろう」と言い、老馬を放してその後についていき、ついに道を見つけた。...隰朋は「蟻は...(地下)に水がある」と言い、地面を掘ってついに水を見つけた。
解説
道に迷った時、管仲は「年を取った馬の勘は頼りになる」と言って老いた馬を放し、その後をついていってついに道を見つけました。山中で水がない時には、隰朋が「蟻は冬は山の南側に、夏は山の北側に巣を作り、蟻塚から一寸下がったところに水がある」と言い、地面を掘らせてついに水を見つけました。どんなに知恵のある人でも、老いた馬や小さな蟻のような、一見取るに足らないものが持つ経験や知恵を見くびってはいけない、という教えです。年配の人の昔からの知恵や、現場で長年働いてきた人の勘を軽んじず、素直に耳を傾ける姿勢こそが、行き詰まった時に道を切り開く力になります。
この章句が説くこと
経験知専門性の尊重暗黙知衆知を集める危機管理
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