言志四録 / 南洲手抄
學貴自得。人徒以目讀有字之書、故局於字、不得通透。當以心讀無字之書、乃洞而有自得。
新字:学貴自得。人徒以目読有字之書、故局於字、不得通透。当以心読無字之書、乃洞而有自得。
書き下し
学は自得を貴ぶ。人徒に目を以て有字の書を読む、故に字に局し、通透することを得ず。当に心を以て無字の書を読むべし、乃ち洞して自得する所有らん。
現代語訳
学問は、自分で会得することを尊ぶ。人はただ目で文字のある書物を読むだけなので、文字にとらわれて、深く突き抜けて分かるということができない。心をもって「文字のない書物」を読むべきだ。そうすれば、からりと見通して自ら会得するものがある。
解説
学問の要は「自得」——自分で腹に落として会得することだと説く一条です。目で文字を追うだけの読書は、字面にとらわれて本質まで突き抜けない。だから「無字の書=文字に書かれていない世界、天地万物や現実」を、心で読めと言います。書物の知識を、自分の体験や現実と照らして初めて、生きた知恵になる。これは荀子以来の「学は自得を貴ぶ」の系譜であり、一斎自身の学びの姿勢でもありました。情報を消費するだけになりがちな現代の学びに、読んだことを自分の血肉にできているかを問う、本質的な一条です。
この章句が説くこと
自得読書無字の書学問
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