言志四録 / 言志晩録 第五十七条 心即ち柁なり
古人各有得力處。擧以指示。可也。但其入路各異。後人不能透會得之。乃偏於所受。執一以爲宗旨。終至於生流弊。余則欲透會爲一。不立名目。葢其不立名目。即便我宗旨也。人或議曰。如是則如無柁之舟。不知泊處。余謂心即柁也。其著力處。在各人自得。不必同也。葢執一廢百。郤不得泊處。
新字:古人各有得力処。挙以指示。可也。但其入路各異。後人不能透会得之。乃偏於所受。執一以為宗旨。終至於生流弊。余則欲透会為一。不立名目。葢其不立名目。即便我宗旨也。人或議曰。如是則如無柁之舟。不知泊処。余謂心即柁也。其著力処。在各人自得。不必同也。葢執一廃百。郤不得泊処。
書き下し
古人各々得力の処有り。挙げて以て指示するは、可なり。但だ其の入路各々異なり。後人透会して之を得ること能はず、乃ち受くる所に偏し、一を執りて以て宗旨と為し、終に流弊を生ずるに至る。余は則ち透会して一と為し、名目を立てざらんと欲す。蓋し其の名目を立てざる、即便ち我が宗旨なり。人或いは議して曰く「是くの如くんば則ち柁無きの舟の如く、泊する処を知らず」と。余謂ふ、心即ち柁なり。其の力を著くる処は、各人の自得に在りて、必ずしも同じからず。蓋し一を執りて百を廃すれば、却って泊する処を得ず。
現代語訳
古人にはそれぞれ力を得たところがある。それを挙げて人に指し示すのはよい。ただ、そこへ入る道筋はそれぞれ異なる。後の人は全体を透徹して会得することができず、自分が受け継いだものに偏り、一つを執って宗旨とし、ついには弊害を生むに至る。私はといえば、すべてを見通して一つにまとめ、名目を立てないようにしたい。思うに、名目を立てないことこそが、すなわち私の宗旨である。ある人が批判して言った。「そのようでは、舵のない舟のようなもので、どこに停泊すればよいかわからない」と。私は言う。心がすなわち舵である。力を注ぐところは各人の自得にあり、必ずしも同じである必要はない。思うに、一つを執って他の百を捨てれば、かえって停泊するところを得られないのである。
解説
この章句が説くこと
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