言志四録 / 言志晩録 第五十六条 自得は畢竟己に在り
自得。畢竟在己。故能取古人得力處而鎔化之。今人無自得。故鎔化亦不能。
新字:自得。畢竟在己。故能取古人得力処而鎔化之。今人無自得。故鎔化亦不能。
書き下し
自得は、畢竟己に在り。故に能く古人の得力の処を取りて之を鎔化す。今人は自得無し。故に鎔化も亦た能はず。
現代語訳
自ら体得することは、結局のところ自分自身にかかっている。自得があるからこそ、古人が力を得たところを取り入れて、それを溶かし込み自分のものにできる。今の人には自得がない。だから溶かし込むこともまたできない。
解説
「自得」は一斎が繰り返し説く要の語で、『孟子』離婁下の「君子深く之に造るに道を以てするは、其の之を自得せんことを欲すればなり」に由来します。古人の教えのうち、その人が力を得た急所を取り入れても、自分の中に自得という土台がなければ、それは借り物のまま溶け合いません。自得があってはじめて、他人の知恵が自分の血肉に「鎔化」する、というのです。次の条では、古人の宗旨を一つだけ執って弊害を生む後学を戒め、この考えをさらに展開しています。研修やノウハウをいくら取り入れても身につかないとき、足りないのは情報ではなく自分で考え抜いた軸なのかもしれません。
この章句が説くこと
自得鎔化主体性学び古人
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