言志四録 / 言志晩録 第五十条 噎に因りて食を廃す
文詞筆翰。藝也。善用之。則於心學亦有益。或以溺志病之。是因噎廢食。
新字:文詞筆翰。芸也。善用之。則於心学亦有益。或以溺志病之。是因噎廃食。
書き下し
文詞筆翰は、芸なり。善く之を用ふれば、則ち心学に於ても亦た益有り。或いは志を溺らすを以て之を病むは、是れ噎に因りて食を廃するなり。
現代語訳
詩文や書は、技芸である。うまく用いれば、心の学問にとっても益がある。それが志を溺れさせるといってこれを嫌う者がいるが、それは喉につかえるのを恐れて食事をやめてしまうようなものである。
解説
宋学には「玩物喪志」、物にのめり込むと志を失うという戒めがあり、程伊川は詩文にふけることを嫌いました。一斎はこれに対し、詩文や書は一つの芸であり、上手に用いれば心を修める学問にも益があると言います。害を恐れて全部やめてしまうのは、「噎に因りて食を廃す」、つまり食べ物が喉につかえたからといって食事をやめるようなものだというのです。一斎自身、詩文や書をよくした人でした。趣味や教養を仕事の妨げとして切り捨てるか、心を養う糧として生かすか。問題はそれ自体ではなく、付き合い方にあるという見方は、仕事と余暇の関係を考えるうえでも参考になります。
この章句が説くこと
文芸玩物喪志心学中庸教養
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「仲尼は已甚だしきを為さざる者なり。」
-
孟子・盡心章句上孟子曰く、「楊子は我が為にするを取る。一毛を抜きて天下を利するも、為さざるなり。墨子は兼愛す。頂を摩し踵に放るも、天下を利するは之を為す。子莫は中を執る。中を執るは之に近しと為すも、中を執りて權すること無ければ、猶ほ一を執るなり。一を執るに惡む所の者は、其の、道を賊うが為なり。一を舉げて百を廢すればなり。」
-
論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
-
孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「伯夷は其の君に非ざれば事えず。其の友に非ざれば友とせず。惡人の朝に立たず。惡人と言(ものいう)わず。惡人の朝に立ち、惡人と言うは、朝衣朝冠を以て塗炭に坐するが如し。惡を惡むの心を推すに、ᰰ人と立ちて、其の冠正しからざれば、望望然として之を去り、將に浼(けがす)されんとするが若く思う。是の故に諸侯其の辭命を善くして至る者有りと雖も、受けざるなり。受けざる者は、是れも亦た就くを屑しとせざるのみ。柳下惠は汙君を羞ぢず、小官を卑しとせず。進んで賢を隱さず、必ず其の道を以てす。遺佚せられて怨みず、阨窮して憫えず。故に曰く、『爾は爾為り、我は我為り。我が側に袒裼裸裎すと雖も、爾焉くんぞ能く我を浼さんや。』故に由由然として之と偕にして自ら失わず。援(ひく)いて之を止むれば止まる。援いて之を止むれば止まる者は、是れ亦た去るを屑しとせざるのみ。」孟子曰く、「伯夷は隘なり。柳下惠は不恭なり。隘と不恭とは、君子由らざるなり。」
-
論語・雍也篇子曰わく、中庸の徳たるや、その至れるかな!民、鮮(すくな)きこと久し。
-
尚書・蔡仲之命小民を康濟するに、率ね中よりし、聰明を作して舊章を亂すこと無かれ。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る