言志四録 / 言志晩録 第四十八条 朱子の著述を論ず
朱子不作春秋傳。而作通鑑綱目。不註戴記。而編儀禮經傳通解。可謂一大識見。啓蒙。不可欠。小學。亦好撰。但楚辭註。韓文考異。在可有可無之間。至於陰符。參同。則竊驚訝。何以弄此泛濫之筆邪。
新字:朱子不作春秋伝。而作通鑑綱目。不註戴記。而編儀礼経伝通解。可謂一大識見。啓蒙。不可欠。小学。亦好撰。但楚辞註。韓文考異。在可有可無之間。至於陰符。参同。則窃驚訝。何以弄此泛濫之筆邪。
書き下し
朱子は春秋伝を作らずして、通鑑綱目を作る。戴記に註せずして、儀礼経伝通解を編む。一大識見と謂ふべし。啓蒙は、欠くべからず。小学も、亦た好撰なり。但だ楚辞註・韓文考異は、有るべく無かるべきの間に在り。陰符・参同に至りては、則ち窃かに驚訝す。何を以て此の泛濫の筆を弄するや。
現代語訳
朱子は『春秋』の伝を作らずに『資治通鑑綱目』を作った。『礼記』(戴記)に注をつけずに『儀礼経伝通解』を編んだ。一大見識と言うべきである。『易学啓蒙』は欠かすことができない。『小学』もまた良い編纂である。ただ『楚辞集註』や『韓文考異』は、あってもなくてもよいものである。『陰符経』や『参同契』の注釈に至っては、ひそかに驚き怪しむ。どうしてこのような範囲を広げすぎた筆をふるったのであろうか。
解説
朱子の著作を一つ一つ評価した、一斎の読書人らしい条です。『春秋』の注釈ではなく、歴史を大義で貫いた『通鑑綱目』を作り、『礼記』に注するより根本の『儀礼』を体系化した選択を「一大識見」と称えます。易の入門書『易学啓蒙』と、少年の修身書『小学』も評価します。一方、文学の注釈である『楚辞集註』や韓愈の文集校訂は、あってもなくてもよいもの。道教の書『陰符経』『参同契』に至っては、なぜ手を広げたのかと首をかしげます。尊敬する朱子にも是々非々で臨む姿勢が見えます。仕事の価値は、何をしたかと同じくらい何をしなかったかで決まります。自分の時間を本当に核となる仕事に使えているかを考えさせる条です。
この章句が説くこと
見識著述取捨朱子是々非々
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