言志四録 / 言志晩録 第四十条 立徳の師と立言の儒
古之儒。立德之師也。師嚴而道尊。今之儒。則立言耳。言不由德。竟是影響。何嚴之有。可不自反乎。
新字:古之儒。立徳之師也。師厳而道尊。今之儒。則立言耳。言不由徳。竟是影響。何厳之有。可不自反乎。
書き下し
古の儒は、立徳の師なり。師厳にして道尊し。今の儒は、則ち立言のみ。言、徳に由らざれば、竟に是れ影響なり。何の厳か之れ有らん。自ら反みざるべけんや。
現代語訳
昔の儒者は、徳を立てる師であった。師が厳かであったからこそ道も尊ばれた。今の儒者は、言葉を立てるだけである。言葉が徳から出ていなければ、結局は影や響きのような実体のないものにすぎない。どこに厳かさがあろうか。自らを省みずにいられようか。
解説
『春秋左氏伝』は不朽のものとして立徳・立功・立言の三つを挙げます。一斎は昔の儒者を立徳の師、今の儒者を立言の者と対比しました。「師厳にして道尊し」は『礼記』学記の言葉で、師が身をもって徳を示すからこそ、その教える道が重んじられるという意味です。言葉が徳に裏打ちされていなければ、影や木霊のように実体がなく、人を動かす力を持ちません。儒官として講義を仕事にしていた一斎が「自ら反みざるべけんや」と結ぶのは、他人への批判である以上に自戒です。語る力と、語る人の生き方とが一致しているか。人を指導する立場にある人ほど、言葉の重みがどこから来るのかを考えさせられます。
この章句が説くこと
立徳立言師道言行一致自省
関連する章句
-
言志四録・言志録 第百六十八条 其の言を儒にして行を儒にせず其の言を儒にして其の行を儒にせずんば、則ち其の言や、秖に躬自ら謗るのみ。
-
『不動智神妙録』一心の明らめやう説く人の分にては知れ申す間敷候、世の中に仏道も儒道も心を説き候得共、其説く如く其人の身持なく候心は明かに知らぬ物にて候、人々我身にある一心本来を篤と極め悟り候はねは不明候、又参学をしたる人の心が明かならぬは、参学する人も多く候へどもそれにもよらず候、参学したる人心持皆々悪敷候、此一心の明らめやうは深く工夫の上より出で可申候。
-
『甲陽軍鑑』品第四十但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る