言志四録 / 言志録 第百六十八条 其の言を儒にして行を儒にせず
儒其言而不儒其行。則其言也。秖躬自謗。
書き下し
其の言を儒にして其の行を儒にせずんば、則ち其の言や、秖に躬自ら謗るのみ。
現代語訳
言葉は儒者らしくしていても、行いが儒者らしくないならば、その言葉はただ自分で自分を謗っているにすぎない。
解説
言行の一致を、鋭い言い方で求めた一条です。聖賢の言葉を口にし、儒者らしい議論をしても、行いが伴わなければ、その立派な言葉がそのまま自分の行いを裁く物差しになってしまう。つまり、語れば語るほど自分を貶めることになる、というのです。前の条で、今の儒者はもはや古の儒者ではないと述べたことと響き合います。一斎自身、幕府の儒官として多くの門人に講じる立場にあったからこそ、自戒をこめて書いたのでしょう。理念や行動指針を語る人ほど、その言葉が自分への評価の基準になることを思い出させます。語ることと行うことの間の距離を測る材料になる一条です。
この章句が説くこと
言行一致儒者自省信頼
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