言志四録 / 言志晩録 第三十三条 朱子の本意と乖牾す
周子程伯子。爲道學之祖。然門人或誤成廣視豁步之風。南軒甞病之。朱子因矯以逐次漸進之說。然而後人又誤成支離破碎。恐與朱子本意乖牾。可省。
新字:周子程伯子。為道学之祖。然門人或誤成広視豁歩之風。南軒甞病之。朱子因矯以逐次漸進之説。然而後人又誤成支離破砕。恐与朱子本意乖牾。可省。
書き下し
周子・程伯子は、道学の祖たり。然れども門人或いは誤りて広視豁歩の風を成す。南軒嘗て之を病む。朱子因りて矯むるに逐次漸進の説を以てす。然り而して後人又誤りて支離破砕を成す。恐らくは朱子の本意と乖牾せん。省みるべし。
現代語訳
周敦頤(周子)と程明道(程伯子)は、道学の祖である。ところがその門人の中には、誤って大きく見渡して大股に歩むような、着実さを欠く風を生んだ者がいた。張南軒はかつてこれを憂えた。朱子はそこで、順を追って少しずつ進むという説によってこれを正した。ところが後の人々はまたこれを誤って、ばらばらで細切れの学問にしてしまった。おそらく朱子の本意とは食い違っているだろう。反省すべきである。
解説
学風が行き過ぎては正され、正したものがまた逆の方向に行き過ぎる。その往復を宋学の歴史に見た条です。周濂渓や程明道の大らかな学は、門人の手で大言壮語の気風に流れました。朱子は張南軒の憂いを受けて、一歩ずつ積み上げる漸進の説で引き締めましたが、今度は後学がそれを細部の詮索に堕とし、全体を見失った「支離破砕」に陥ります。朱子学を奉じる昌平坂学問所の儒官でありながら、一斎は朱子の名のもとに行われる瑣末な学問を朱子の本意ではないと見ています。改革の処方がやがて新しい病を生むのは、組織の制度改革にもよくあることで、処方の意図に立ち返る視点の大切さを考えさせます。
この章句が説くこと
学風漸進支離本意朱子学
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