言志四録 / 言志晩録 第三十二条 定性書と好学論
明道定性書。精微而平實。伊川好學論。平實而精微。伊洛之源在此。非二也。學者眞能知之。則異同紛紜之論可息矣。
新字:明道定性書。精微而平実。伊川好学論。平実而精微。伊洛之源在此。非二也。学者真能知之。則異同紛紜之論可息矣。
書き下し
明道の定性書は、精微にして平実なり。伊川の好学論は、平実にして精微なり。伊洛の源は此に在り、二に非ざるなり。学者真に能く之を知らば、則ち異同紛紜の論息む可し。
現代語訳
程明道の「定性書」は、精密で奥深く、しかも平明で着実である。程伊川の「顔子所好何学論(好学論)」は、平明で着実で、しかも精密で奥深い。伊洛の学の源はここにあって、二つのものではない。学ぶ者が本当にこのことを知ることができれば、同じだ違うだと入り乱れる議論はやむであろう。
解説
二程子の代表作を並べて、兄弟の学は一つだと説く条です。程明道の「定性書」は張横渠の問いに答えて、心を定めるとは内外を分けず物に順応することだと説いた書簡、程伊川の「好学論」は顔回が好んだ学問とは聖人を学ぶことだと論じた若き日の論文です。一斎は、前者を「精微にして平実」、後者を「平実にして精微」と、同じ語を入れ替えて評します。語順の違いは力点の違いにすぎず、伊洛の源は一つだというのです。明道は陸王の、伊川は朱子の源とされますから、朱陸の異同論もここに帰すれば収まる、という含みがあります。表現の違いに惑わされず、根にある共通点を見る目を養うことを促す一条です。
この章句が説くこと
二程精微平実異同源流
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 第二十七条 朱陸は互ひに相許す朱陸は同じく伊洛を宗とし、而して見解稍々異なる。二子並びに賢儒と称せらる。蜀朔の洛と各党を為すが如きに非ず。朱子嘗て曰く、「南渡以来、著実の工夫を理会する者は、惟だ某と子静との二人のみ」と。陸子も亦謂ふ、「建安に朱元晦無くんば、青田に陸子静無し」と。蓋し其の互ひに相許すこと此くの如し。当時の門人も、亦両家に相通ずる者有りて、各々師説を持して相争ふことを為さず。明儒の白沙・篁墩・余姚・増城の如きに至りては、並びに両家を兼取す。我が邦の惺窩藤公も蓋し亦此くの如し。
-
言志四録・南洲手抄周子静を主とす、心本体を守るを謂ふなり。図説に、「欲無し故に静」と自註す、程伯氏此に因つて天理人欲の説有り。叔子敬を持する工夫も亦此に在り。朱陸以下各力を得る処有りと雖、而かも畢竟此の範囲を出でず。意はざりき明儒に至つて、朱陸党を分つこと敵讐の如くあらんとは。何を以て然るや。今の学ぶ者、宜しく平心を以て之を待つべし。其の力を得る処を取らば可なり。
-
『近思録』巻2 為学明道先生曰く、行ひの静かなる者は以て学を為すべし。弘にして毅ならざれば則ち規矩無く、毅にして弘ならざれば則ち隘陋なり。性の善なるを知りて忠信を以て本と為す、此れ先づ其の大なる者を立つるなり。伊川先生曰く、人安重なれば則ち学堅固なり。博く之を学び、審らかに之を問ひ、慎みて之を思ひ、明らかに之を弁じ、篤く之を行ふ、五者其の一を廃すれば、学に非ざるなり。張思叔請問するに、其の論或いは太だ高し。伊川答へず。良久しくして、曰く、高きを累ぬるは必ず下よりす。明道先生曰く、人の学を為すや、先づ標準を立つることを忌む。若し循循として已まざれば、自ら至る所有らん。尹彦明伊川に見えて後、半年にして方に大学西銘を得て看る。人の無心を説く有り。伊川曰く、無心なれば便ち是ならず、只だ当に私心無しと云ふべし。謝顕道伊川に見ゆ。伊川曰く、近日事は如何。対へて曰く、「天下何をか思ひ何をか慮らん」と。伊川曰く、是れは則ち是れ此の理有り、賢は却って発し得ること太だ早し。伊川に在りては直に是れ会(よ)く人を鍛錬し得たり。説き了りて又「恰も好し工夫を著くるなり」と道ふ。謝顕道云ふ、昔伯淳教誨するに、只だ他の言語に管著す。伯淳曰く、賢と説話するは、却って酔漢を扶くるに似たり。一辺を救ひ得れば、一辺に倒る。只だ人の一辺に執著するを怕る。横渠先生曰く、「義を精しくして神に入る」は、事吾が内に豫めして、利を吾が外に求むるなり。「用を利して身を安んず」は、素より吾が外を利して、養ひを吾が内に致すなり。「神を窮め化を知る」は、乃ち養ひ盛んにして自ら至る、思勉の能く強ふるに非ず。故に徳を崇ぶ而外、君子未だ或いは知を致さざるなり。形ありて後に気質の性有り。善く之に反れば、則ち天地の性存す。故に気質の性は、君子性とせざる者有り。徳気に勝たざれば、性命気に於てす。徳其の気に勝てば、性命徳に於てす。理を窮め性を尽くせば、則ち性は天徳、命は天理なり。気の一変すべからざる者は独り死生修夭のみ。天に非ざる莫きなり。
-
『慎思録』巻之五程叔子の学は、正大高明なり。易伝の説の如き、専ら訓詁解釈を主とせず、胸裏の在る所の薀奥を拠り発するのみ。儒者の学は、当に此くの如くなるべし。広大を致し精微を極むと謂ふべし。其の言謹厳にして緊切なり。後学の箴砭と為すべし。百世の下、之を聞く者興起し、貪夫をして廉ならしめ、懦夫をして立たしむ。其の益為ること亦少なからず。是れ大いに名教に功有りと謂ふべし。其の教へを立つるや、厳毅方正にして、蓋し孟子以後一人のみ。其の人を論じ人を責むるの際、抑揚褒貶、厳然として畏るべし。只恐らくは従容として迫らざるの気象に鮮し。之を伯子の言の温厚和平なるに比すれば、自ら同じからず。東坡云ふ、春秋の法、道を論ずるには須らく厳なるべく、人を論ずるには須らく恕なるべし、と。程叔子の言も、亦道を論ずること謹厳なるが為に然るか。孟子称す、伯夷は隘し、と。邵子終はりに臨みて伊川に謂ひて曰く、面前の路径は隘からしむること莫かれ、と。此の言を以て之を古人に比すれば、伊川の謹厳の如きは、是れ伯夷の儔か。窃かに謂ふ、明道は美玉の如く、伊川は精金の如し。皆天成純粋の徳にして、固より末学愚者の敢へて軽議すべき所に非ざるなり。
-
『近思録』巻2 為学顔子は則ち必ず思ひて後に得、必ず勉めて後に中る。其の聖人と相去ること一息なり。未だ至らざる所の者は、之を守るなり、之を化するに非ざるなり。其の学を好むの心を以て、之に仮すに年を以てせば、則ち日ならずして化せん。後人達せず、以謂(おもへ)らく聖は本生知にして、学びて至るべきに非ずと、而して為学の道遂に失はる。諸を己に求めずして諸を外に求め、博聞強記巧文麗辞を以て工と為し、其の言を栄華にして、道に至る者有ること鮮し。則ち今の学は顔子の好む所と異なれり。横渠先生明道先生に問ひて曰く、性を定めんとして未だ動かざること能はず、猶ほ外物に累はさる、何如。明道先生曰く、所謂定なる者は、動くも亦た定まり、静かなるも亦た定まり、将迎無く、内外無し。苟も外物を以て外と為し、己を牽きて之に従はば、是れ己の性を以て内外有りと為すなり、且つ性を以て物に外に随ふと為さば、則ち其の外に在る時に当たりて、何者か内に在りと為さん。是れ外誘を絶たんとすることに意有りて、性の内外無きを知らざるなり。既に内外を以て二本と為さば、則ち又烏(いづく)んぞ遽かに定を語るべけんや。夫れ天地の常は、其の心の万物に普くして心無きを以てなり。聖人の常は、其の情の万事に順ひて情無きを以てなり。故に君子の学は、廓然として大公、物来たりて順応するに若くは莫し。易に曰く、「貞なれば吉にして、悔亡ぶ、憧憧として往来すれば、朋爾の思ひに従ふ」と。苟も外誘の除くことに規規たらば、将に東に滅して西に生ずるを見んとす。惟だ日の足らざるのみに非ず、顧みるに其の端窮まり無く、得て除くべからざるなり。人の情は各蔽はるる所有り、故に道に適くこと能はず。大率患ひは自私にして智を用ふるに在り。自私なれば則ち有為を以て応迹と為すこと能はず、智を用ふれば則ち明覚を以て自然と為すこと能はず。今外物を悪むの心を以て、物無きの地を照らさんことを求むるは、是れ鑑を反して照らすことを索むるなり。易に曰く、「其の背に艮まりて、其の身を獲ず。其の庭に行きて、其の人を見ず」と。
-
言志四録・言志晩録 第三十五条 道義の朱子、心術の陸子学人徒らに訓註の朱子を是非して、道義の朱子を知らず。言語の陸子を是非して、心術の陸子を知らず。道義と心術と、途に両岐無し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る