言志四録 / 言志晩録 第二十六条 儒学の祖を家に譬ふ
孔孟。是百世不遷之祖也。周程。是中興之祖。朱陸。是繼述之祖。薛王。是兄長之相友愛者。
新字:孔孟。是百世不遷之祖也。周程。是中興之祖。朱陸。是継述之祖。薛王。是兄長之相友愛者。
書き下し
孔孟は是れ百世不遷の祖なり。周程は是れ中興の祖、朱陸は是れ継述の祖、薛王は是れ兄長の相友愛する者なり。
現代語訳
孔子と孟子は、百世にわたって移されることのない始祖である。周濂渓と二程子は中興の祖、朱子と陸象山は受け継いで述べ広めた祖であり、薛瑄と王陽明は互いに友愛し合う兄たちである。
解説
儒学の系譜を、一つの家の祖先の序列に見立てた条です。孔孟は宗廟から決して移されない百世不遷の始祖、周敦頤と二程は道を中興した祖、朱子と陸象山は志を継ぎ述べた祖。そして明の薛瑄(朱子学)と王陽明(陽明学)は、互いに仲の良い兄たちだとします。不遷の祖は祖先祭祀の用語で、学統を家族の比喩で語るところに温かみがあります。朱と陸、薛と王という対立的に語られがちな組み合わせを、同じ家の祖先や兄弟として並べる点が眼目で、昌平坂学問所にあって陽朱陰王と評された一斎の立場がよく表れています。違う路線の先達や同僚を、競合ではなく同じ家の者として見る見方の手本とも言えます。
この章句が説くこと
道統朱子学陽明学系譜和
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