言志四録 / 言志晩録 第十一条 気の霊は即ち心なり
認以爲我者。氣也。認以爲物者。氣也。其知我與物皆爲氣者。氣之靈也。靈。即心也。其本體性也。
新字:認以為我者。気也。認以為物者。気也。其知我与物皆為気者。気之霊也。霊。即心也。其本体性也。
書き下し
認めて以て我と為す者は、気なり。認めて以て物と為す者も、気なり。其の我と物とは皆気たるを知る者は、気の霊なり。霊は即ち心なり。其の本体は性なり。
現代語訳
我と認めているものは、気である。物と認めているものも、気である。その我と物とがどちらも気であると知るものは、気の霊妙な働きである。その霊妙な働きこそが心である。そしてその本体は性である。
解説
自分と物、心と性の関係を気の一元論で整理した条です。自分だと思っているものも、外の物だと思っているものも、どちらも気でできている。そのことを知る働きは気の中の霊妙な部分であり、それが心である。そして心の本体は性、すなわち天から与えられた本性である、と一斎は言います。朱子学の理と気の二元的な枠組みを踏まえつつ、気を中心に据える点に、明代の羅欽順や王陽明以後の思想の影響がうかがえます。自分と世界を切り離さず、同じ素材でできたものとして見る視点は、次の条の万物一体論へとつながります。自分と他者、自分と組織を対立させずに考える土台として読めます。
この章句が説くこと
気心性物我一体本体
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