言志四録 / 言志後録 第二百四十七条 道理は弁明し黙識す
道理不可不辨明。而或動聲色。則見器小。道理不可不默識。而徒弄光景。則入狂禪。
新字:道理不可不弁明。而或動声色。則見器小。道理不可不黙識。而徒弄光景。則入狂禅。
書き下し
道理は弁明せざる可からず。而るに或いは声色を動かせば、則ち器の小なるを見る。道理は黙識せざる可からず。而るに徒らに光景を弄すれば、則ち狂禅に入る。
現代語訳
道理ははっきりと弁じ明らかにしなければならない。しかし、そのときに声を荒らげたり顔色を変えたりすれば、器の小ささが見えてしまう。道理は黙って心に会得しなければならない。しかし、いたずらに悟りの境地らしきものをもてあそべば、狂った禅に陥ってしまう。
解説
道理に向き合う二つの態度と、それぞれの落とし穴を対にして示した条です。道理を言葉で明らかにすることは必要ですが、議論に熱くなり声色を動かせば、かえって器の小ささが露わになる。一方、道理を黙って心で会得すること(論語の「黙して之を識す」)も必要ですが、悟ったかのような境地(光景)を弄べば、狂禅、つまり実のない禅に流れてしまう。朱子学の弁明と陽明学の体得、その両方を重んじた一斎らしい均衡の取り方です。正しいことを主張するときの態度と、分かったつもりになる危うさ。議論の場でも、自分の理解を振り返る場でも使える物差しです。
この章句が説くこと
道理弁明黙識器量狂禅
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