言志四録 / 言志後録 第二百四十四条 三楽を終身の事と為す
孟子三樂。第一樂說事親。似少年時事。第二樂說成己。似中年時事。第三樂說成物。似老年時事。余自顧齡已桑楡。父母兄弟皆亡。何樂之有。但自思察我身即父母遺體。兄弟亦同一氣。則我今自養自愼。弗虧弗辱。即可以當事親歟。至於敎育英才。固非我易能。然亦可以不盡己乎。獨不怍不愧。則不止中年時事。而自少至老。一生受用。當愼守之。夙夜弗諼。如是則三樂皆可以爲終身事矣。
新字:孟子三楽。第一楽説事親。似少年時事。第二楽説成己。似中年時事。第三楽説成物。似老年時事。余自顧齢已桑楡。父母兄弟皆亡。何楽之有。但自思察我身即父母遺体。兄弟亦同一気。則我今自養自慎。弗虧弗辱。即可以当事親歟。至於教育英才。固非我易能。然亦可以不尽己乎。独不怍不愧。則不止中年時事。而自少至老。一生受用。当慎守之。夙夜弗諼。如是則三楽皆可以為終身事矣。
書き下し
孟子の三楽、第一楽は親に事ふることを説く、少年の時の事に似たり。第二楽は己を成すことを説く、中年の時の事に似たり。第三楽は物を成すことを説く、老年の時の事に似たり。余自ら顧みるに、齢已に桑楡にして、父母兄弟皆亡し。何の楽しみか之れ有らん。但だ自ら思察するに、我が身は即ち父母の遺体にして、兄弟も亦同一の気なり。則ち我今自ら養ひ自ら慎みて、虧かず辱めずんば、即ち以て親に事ふるに当つ可きか。英才を教育するに至りては、固より我が能くし易きに非ず。然れども亦以て己を尽くさざる可けんや。独り怍ぢず愧ぢざるは、則ち中年の時の事に止まらずして、少より老に至るまで、一生受用す。当に慎みて之を守り、夙夜諼るること弗かるべし。是くの如くなれば、則ち三楽皆以て終身の事と為す可し。
現代語訳
孟子の三つの楽しみのうち、第一の楽しみは親に仕えることを説いており、少年期の事柄に似ている。第二の楽しみは自己を完成することを説いており、中年期の事柄に似ている。第三の楽しみは他者を成就させることを説いており、老年期の事柄に似ている。私自身を顧みると、年はすでに晩年に入り、父母も兄弟もみな亡くなった。何の楽しみがあろうか。ただよく考えてみると、我が身はそのまま父母が遺した体であり、兄弟もまた同じ一つの気を分けた者である。それならば、私が今自らを養い自らを慎んで、この身を損なわず辱めなければ、それが親に仕えることに当たるのではないか。英才を教育することについては、もとより私にたやすくできることではない。しかしそれでも己を尽くさずにいてよいだろうか。天に恥じず人に恥じないということは、中年期の事柄にとどまらず、少年から老年に至るまで一生用いるものである。慎んでこれを守り、朝から晩まで忘れてはならない。このようであれば、三つの楽しみはすべて一生を通じての事とすることができる。
解説
この章句が説くこと
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