言志四録 / 言志後録 第二百十九条 心躁なれば則ち動妄
心躁則動妄。心蕩則視浮。心歉則氣餒。心忽則貌惰。心傲則色矜。昔人甞有此言。誦之不覺惕然。
新字:心躁則動妄。心蕩則視浮。心歉則気餒。心忽則貌惰。心傲則色矜。昔人甞有此言。誦之不覚惕然。
書き下し
心躁なれば則ち動妄なり。心蕩なれば則ち視浮なり。心歉なれば則ち気餒う。心忽なれば則ち貌惰る。心傲なれば則ち色矜る。昔人嘗て此の言有り。之を誦して覚えず惕然たり。
現代語訳
心が落ち着かなければ、行動はでたらめになる。心がしまりなく揺れていれば、目つきは浮ついたものになる。心にやましさがあれば、気力はしぼむ。心がおろそかであれば、姿はだらける。心が驕っていれば、顔つきは得意げになる。昔の人がかつてこう言った。これを口ずさむと、思わず身が引き締まり恐れ慎む思いになる。
解説
心の状態がそのまま行動や表情に表れることを、五つの対句で示した古人の言葉を引いた条です。焦りは軽率な行動に、心のゆるみは浮ついた目つきに、やましさは気力の衰えに、油断はだらしない姿に、驕りは得意げな顔つきに出ます。「歉」は心に満たないところ、やましさがあることで、『孟子』の「行ひ心に慊らざること有れば則ち餒う」を思わせます。一斎はこれを読んで「惕然」、はっとして身が引き締まったと記します。人は自分の心の乱れには気づかなくても、他人の態度や表情からは敏感に読み取ります。自分の振る舞いを通して心の状態を点検する手がかりになる条です。
この章句が説くこと
心術自省態度驕り慎み
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