言志四録 / 言志後録 第二百十五条 倫理大節を観る
論人賢不肖。不必問細行。必須就倫理大節上。觀其得失如何。不然則世無全人。
新字:論人賢不肖。不必問細行。必須就倫理大節上。観其得失如何。不然則世無全人。
書き下し
人の賢不肖を論ずるには、必ずしも細行を問はず。必ず須らく倫理大節の上に就きて、其の得失如何を観るべし。然らずんば則ち世に全人無し。
現代語訳
人が賢いか愚かかを論じるときは、必ずしも細かな行いを問題にしなくてよい。必ず人としての道や大きな節義の上で、その得失がどうであるかを見るべきである。そうでなければ、世の中に完全な人など一人もいないことになる。
解説
人を評価するときの物差しを述べた条です。細かな欠点を数え上げれば、誰にでも落ち度はあり、世に完全な人はいなくなってしまいます。一斎は、見るべきは倫理の大節、つまり人として守るべき大きな筋目、たとえば誠実さや約束を守ること、大事な場面で節を曲げないことだと言います。『論語』子張篇の「大徳は閑を踰えず、小徳は出入すとも可なり」にも通じる考えです。ただしこれは小さな過ちを放任せよという意味ではなく、評価の重心をどこに置くかの話です。部下や同僚を見るとき、目につく小さな欠点に引きずられていないか。大事なところで信頼できるかを見る視点を示す条です。
この章句が説くこと
人を見る目大節評価寛容
関連する章句
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説苑・善說齊景公子貢に謂いて曰く、「子誰をか師とする。」曰く、「臣仲尼を師とす。」公曰く、「仲尼賢なるか。」對えて曰く、「賢なり。」公曰く、「其の賢たること何如。」對えて曰く、「知らざるなり。」公曰く、「子其の賢を知りて其の奚若たるを知らざるは、可ならんか。」對えて曰く、「今天高しと謂うに、少長愚智と無く皆高きを知る。高きこと幾何ぞや。皆知らずと曰う。是を以て仲尼の賢を知りて其の奚若たるを知らざるなり。」
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論語・子張篇子游曰く、吾が友張や、能くし難きことを為すなり。然れども未だ仁ならず。
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論語・憲問篇子曰く、『驥は其の力を称せず、その徳を称すなり。』
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