言志四録 / 言志後録 第二百五条 朱文公の詩
朱文公詩。實見性情之正。誦之似韋柳。而味自別。
新字:朱文公詩。実見性情之正。誦之似韋柳。而味自別。
書き下し
朱文公の詩は、実に性情の正を見る。之を誦すれば韋・柳に似て、味自ら別なり。
現代語訳
朱文公(朱熹)の詩には、まことに人の性情の正しさが表れている。これを口ずさむと韋応物や柳宗元の詩に似ているが、その味わいはおのずと別である。
解説
前々条で朱子の文章をほめた一斎が、ここでは朱子の詩を評しています。「性情の正」とは、心の動きが偏らず、喜怒哀楽が節度にかなっていることで、『詩経』の詩を「性情の正に出づ」と評した朱子自身の詩論を踏まえた言葉です。韋応物・柳宗元は唐代の自然詩人で、澄んだ淡い詩風で知られます。朱子の詩は外見こそ彼らに似ているが、その奥に学問と修養に裏打ちされた別の味わいがある、と一斎は言います。同じような言葉を使っても、何を積み重ねてきた人が語るかで響きは変わります。表現の背後にあるものを味わう読み方を教えてくれる一条です。
この章句が説くこと
詩性情朱子学修養
関連する章句
-
言志四録・言志耋録 第七条 朱子の文朱文公は固より古今絶類の大家たるは論ずる勿し。其の経註に於ける、漢唐以来、絶えて一人の頡頏する者無し。翅に是のみならず、北宋の文章を以て顕はるる者は、欧蘇に及ぶ莫し。其の集各々一百有余巻、今古比類罕なり。朱子は文を以て著称せられずと雖も、而も其の集も亦一百有余巻、而して体製別に自ら一家を成す。能く其の言はんと欲する所を言ひて余蘊無し。真に是れ古今独歩たり。詩も亦韋柳と相亜ぐ。但だ経学を以て文詞を掩ひ、人其の能文たるを省みざるのみ。
-
『慎思録』巻之五詩を看るには、須らく風格を択ぶべし。三百篇の後、陶謝及び初唐盛唐の数輩、尤も古雅にして、詩人の体を得たりと謂ふべし。其の余の詩に工なる者固より多し。然れども詩人の風格を得る者は鮮し。窃かに謂ふ、朱子の詩を論ずるが如き、恐らくは最も詩人の意を得たりと謂ふべし。
-
言志四録・言志後録 第二百三条 徳有る者は必ず言有り朱子は経学を以て文章を掩ふ。徳有る者は必ず言有り。朱・呂の二家の如きは、真に是れ能文なり。
-
言志四録・言志後録 第二百八条 詩は志を言ふに在り詩は志を言ふに在り。離騒・陶詩の如き、尤も能く其の志を言ふ。今の詩人は、詩と志と背馳す。之を如何せん。
-
言志四録・言志晩録 第五十一条 文は意を達し詩は志を言ふ文は能く意を達し、詩は能く志を言ふ。此くの如きのみ。綺語麗辞は、之を佞口に比す。吾が曹の屑しとせざる所なり。
-
言志四録・言志耋録 第八条 四書の目を創定す朱文公、易に於ては古易に復し、詩に於ては小序を刪る。固より是れ巨眼なり。其の最も功有る者は、四書の目を創定するに在り。此れは是れ万世不易の称なり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る