言志四録 / 言志後録 第二百条 本邦の事跡に罔し
本邦事跡。儒者多罔。是衣服在躬。不知其名也。而可乎。
書き下し
本邦の事跡、儒者多く罔し。是れ衣服躬に在りて、其の名を知らざるなり。而して可ならんや。
現代語訳
わが国の歴史上の事柄について、儒者の多くは暗い。これは衣服を身に着けていながら、その名前を知らないようなものである。それでよいだろうか。
解説
中国の古典や歴史には通じていても、自国の歴史を知らない儒者を戒めた一条です。一斎はそれを、身に着けている衣服の名を知らないようなものだとたとえます。自分が現に生きている国の制度や習俗は、その歴史の上に成り立っている。それを知らずに外国の書物ばかり論じるのは、足元を見ないことだというのです。前条で日本と中国の南北朝の違いを論じたのも、この問題意識からでしょう。漢学の総本山である昌平坂学問所の儒官がこう述べている点に重みがあります。海外の経営理論や最新の手法を学ぶことに熱心なあまり、自社の成り立ちや業界の歴史を知らないままになっていないか、問い直させる一条です。
この章句が説くこと
歴史学問足元自国理解儒者
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