言志四録 / 言志後録 第百九十一条 似て非なる者
養望人似高。苛察人似明。圓熟人似達。輕佻人似敏。愞弱人似寬。拘泥人似厚。皆似而非也。
新字:養望人似高。苛察人似明。円熟人似達。軽佻人似敏。愞弱人似寛。拘泥人似厚。皆似而非也。
書き下し
望を養ふ人は高きに似たり。苛察の人は明に似たり。円熟の人は達に似たり。軽佻の人は敏に似たり。懦弱の人は寛に似たり。拘泥の人は厚に似たり。皆似て非なるなり。
現代語訳
名声を養おうとする人は、気高いように見える。細かく詮索する人は、聡明に見える。世慣れて角の取れた人は、道理に通達しているように見える。軽はずみな人は、機敏に見える。気弱な人は、寛大に見える。物事にこだわる人は、篤実に見える。これらはみな、似ているが実は違うのである。
解説
徳に似て実は徳でない六つの型を並べた、人物鑑定の一条です。評判を気にして身を高く持する人は高潔に、細かいことを咎める人は明敏に、如才ない人は達人に、軽率な人は機敏に、気弱な人は寛大に、融通のきかない人は篤実に見える。しかしいずれも似て非なるものだと一斎は言います。孔子が、郷里で評判のよい八方美人を「郷原は徳の賊なり」と退け、「似て非なる者を悪む」と語ったことを踏まえています。前の条で寛と縦、明と察を区別したのとも響き合います。採用や人事評価で、見た目の印象がどの徳に似ているだけなのかを見分けるための、具体的な手がかりになる一条です。
この章句が説くこと
人を見る目似て非なる徳人物鑑定評価
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