言志四録 / 言志後録 第百七十五条 物は人の心を以て心と為す
物無心。以人心爲心。故人所贈之物。必與其人同氣。失意人贈物。物以失意爲心。豪奢人贈物。物以豪奢爲心。喪人贈物。物以喪爲心。佞人贈物。物以佞爲心。但有名之贈遺。不得不受。而其物與其心感通如是。則我有所不屑受。唯君父所賜。正人君子所贈。雖微物甚足敬重耳。
新字:物無心。以人心為心。故人所贈之物。必与其人同気。失意人贈物。物以失意為心。豪奢人贈物。物以豪奢為心。喪人贈物。物以喪為心。佞人贈物。物以佞為心。但有名之贈遺。不得不受。而其物与其心感通如是。則我有所不屑受。唯君父所賜。正人君子所贈。雖微物甚足敬重耳。
書き下し
物に心無し、人の心を以て心と為す。故に人の贈る所の物は、必ず其の人と気を同じくす。失意の人物を贈れば、物は失意を以て心と為す。豪奢の人物を贈れば、物は豪奢を以て心と為す。喪人物を贈れば、物は喪を以て心と為す。佞人物を贈れば、物は佞を以て心と為す。但だ名有るの贈遺は、受けざるを得ず。而れども其の物と其の心と感通すること是くの如くなれば、則ち我屑しとして受けざる所有り。唯だ君父の賜ふ所、正人君子の贈る所は、微物と雖も甚だ敬重するに足るのみ。
現代語訳
物には心がなく、人の心をその心とする。だから人が贈る物は、必ずその人と気を同じくしている。失意の人が物を贈れば、物は失意を心とする。贅沢な人が物を贈れば、物は贅沢を心とする。喪に沈む人が物を贈れば、物は喪を心とする。へつらう人が物を贈れば、物はへつらいを心とする。ただ名目の立った贈り物は、受けないわけにはいかない。しかし物とその人の心とがこのように通じ合うのであれば、私には潔しとせず受けたくないものもある。ただ君主や父が下さる物、正しい人や君子が贈る物だけは、たとえささやかな物でも、大いに敬い重んじるに足るのである。
解説
この章句が説くこと
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