言志四録 / 言志後録 第百七十四条 師厳にして道尊し
師嚴道尊。爲師者宜自體察。如何是師嚴。如何是道尊。
新字:師厳道尊。為師者宜自体察。如何是師厳。如何是道尊。
書き下し
師厳にして道尊し。師為る者は宜しく自ら体察すべし。如何なるか是れ師厳なる、如何なるか是れ道尊き。
現代語訳
「師が厳かであってこそ道は尊ばれる」(礼記)。師である者は、自ら身をもって省察すべきである。師が厳かであるとはどういうことか、道が尊いとはどういうことか、と。
解説
『礼記』学記篇の「師厳にして然る後に道尊し」を引き、師である者への問いとして投げかけた一条です。前条で五倫すべてに師弟の関係があると述べたのを受けて、では師たる者はどうあるべきかを自らに問わせています。一斎は答えを示さず、「如何なるか」と二つの問いを残すだけです。師の厳しさとは、弟子を叱りつけることではなく、師自身が道に対して厳しく身を律していることでしょう。そうであってはじめて、教える内容が尊ばれる。人を教え導く立場にある人が、自分は教える内容に見合うだけの姿勢で日々を過ごしているかを考える材料になる一条です。
この章句が説くこと
師道厳教育自省指導
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