言志四録 / 言志後録 第百七十二条 意趣を見れば銭穀も典雅
此學不見意趣。咏題風月亦俗事。苟見意趣。料理錢穀亦典雅。
新字:此学不見意趣。咏題風月亦俗事。苟見意趣。料理銭穀亦典雅。
書き下し
此の学、意趣を見ざれば、風月を詠題するも亦俗事なり。苟も意趣を見れば、銭穀を料理するも亦典雅なり。
現代語訳
この学問は、その根本の趣意が見えていなければ、風や月を題に詩を詠むことも俗事にすぎない。もし趣意が見えていれば、金銭や穀物の出納を処理することもまた雅やかなことになる。
解説
物事の雅俗は、していることの種類ではなく、それを行う人の心の据え方で決まるという一条です。「此の学」は聖賢の学、すなわち儒学のこと。その本当の意趣がわかっていない人が風月を詠んでも、趣味の飾りにすぎず俗である。逆に意趣がわかっていれば、銭や米の勘定のような実務も、道に適った典雅な営みになる。一斎は岩村藩の家老の家に生まれ、藩の実務も身近に見て育っており、学問と実務を分けない姿勢がここにも表れています。数字や事務作業を雑務と見下しがちなとき、その仕事が何のためにあるかを見ているかどうかで、同じ作業の品格が変わることを教えてくれます。
この章句が説くこと
学問実務雅俗心術仕事観
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