言志四録 / 言志後録 第百七十条 事を処するは平平穏穏
凡處事。須要平平穩穩。至於駭人視聽。則事雖善或傷於小過。
新字:凡処事。須要平平穏穏。至於駭人視聴。則事雖善或傷於小過。
書き下し
凡そ事を処するには、須らく平平穏穏なるを要すべし。人の視聴を駭かすに至りては、則ち事善しと雖も或は小過に傷つく。
現代語訳
およそ物事を処理するには、平らかで穏やかであることが必要である。人の耳目を驚かすほどになると、事柄そのものは善くても、ややもすると行き過ぎの弊に損なわれる。
解説
前条の「人情は水の如し」を受けて、事の運び方を説いた一条です。善いことでも、世間をあっと言わせるようなやり方をすれば、どこかに行き過ぎが生じ、それが事の価値を損なう。「小過」は易の卦の名でもあり、少しばかり度を越すことを指します。一斎は、内容の正しさだけでなく、進め方の穏やかさを重んじました。改革や新しい試みは、とかく派手に打ち出したくなるものですが、周囲を驚かせることが目的化すると、反発や混乱を招き、よい施策まで台無しになりかねません。変化を起こすときほど、静かに着実に進めるという選択肢を考えてみる価値がありそうです。
この章句が説くこと
平穏処事中庸改革行き過ぎ
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