言志四録 / 言志後録 第百六十七条 唐代の三患
唐代三患。爲外寇。爲藩鎭。爲宦官。人主非不知。然終以此斃。以宰輔非其人也。可鑑之至。
新字:唐代三患。為外寇。為藩鎮。為宦官。人主非不知。然終以此斃。以宰輔非其人也。可鑑之至。
書き下し
唐代の三患は、外寇たり、藩鎮たり、宦官たり。人主知らざるに非ず。然れども終に此を以て斃る。宰輔其の人に非ざるを以てなり。鑑とすべきの至りなり。
現代語訳
唐代の三つの災いは、外敵、藩鎮(地方に割拠した節度使の軍閥)、宦官であった。君主がそれを知らなかったわけではない。それなのに結局これによって滅んだ。宰相に適任者を得なかったからである。この上なく戒めとすべきことである。
解説
唐王朝を滅ぼした三つの病、すなわち吐蕃・ウイグルなどの外敵、節度使が地方に割拠した藩鎮、宮中で権力を握った宦官を挙げた一条です。一斎の要点は、君主はそれらの害を知っていたのに、手を打てずに滅んだという点にあります。問題が見えていても、それを正せる宰相がいなければ、組織は知りながら沈んでいく。前々条の輔弼の臣の議論を、具体的な歴史で裏づけたものといえます。一斎はのちに息子に唐書を講じたことも後録に記しており、唐の興亡は身近な鑑でした。課題の所在は皆わかっているのに何年も解決しない組織では、それを担う人の配置こそが問われているのかもしれません。
この章句が説くこと
歴史の鑑宰相人材為政組織の病
関連する章句
-
尉繚子・武議良馬も策有れば、遠道致すべし。賢士も合有れば、大道明らかにすべし。
-
論語・泰伯篇舜に臣五人有りて、天下治まる。武王曰く、「予に乱臣十人有り。」孔子曰く、「『才難し』とは、其れ然らずや。唐虞の際、斯に於いて盛んなりと為す。婦人有り、九人のみ。天下を三分して其の二を有ち、以て殷に服事す。周の徳は、其れ至徳と謂う可きのみ。」
-
『韓非子』難二第三十七桓公曰く、「吾聞く、人に君たる者は人を索むるに労し、人を使うに佚すと。吾仲父を得ること已に難し。仲父を得るの後、何為れぞ易からざらんや。」
-
孫子・作戦篇其の戦を用うるや、勝つを貴ぶ。久しければ則ち兵を鈍らせ鋭を挫き、城を攻むれば則ち力屈し、久しく師を暴せば則ち国用足らず。
-
論語・雍也篇子游、武城の宰と為る。子曰く、「女、人を得たるか。」曰く、「澹台滅明なる者有り。行くに径に由らず。公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。」
-
論語・衛霊公篇子曰く、君子は小知す可からずして、大受す可きなり。小人は大受す可からずして、小知す可きなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る