言志四録 / 言志後録 第百五十五条 一俯一仰みな教へ
仰觀山。厚重不遷。俯見水。汪洋無極。仰觀山。春秋變化。俯見水。晝夜流注。仰觀山。吐雲呑煙。俯見水。揚波起瀾。仰觀山。巍隆其頂。俯見水。遠疏其源。山水無心。以人爲心。一俯一仰。莫非敎也。
新字:仰観山。厚重不遷。俯見水。汪洋無極。仰観山。春秋変化。俯見水。昼夜流注。仰観山。吐雲呑煙。俯見水。揚波起瀾。仰観山。巍隆其頂。俯見水。遠疏其源。山水無心。以人為心。一俯一仰。莫非教也。
書き下し
仰いで山を観れば、厚重にして遷らず。俯して水を見れば、汪洋として極まり無し。仰いで山を観れば、春秋変化す。俯して水を見れば、昼夜流注す。仰いで山を観れば、雲を吐き煙を呑む。俯して水を見れば、波を揚げ瀾を起す。仰いで山を観れば、其の頂を巍隆にす。俯して水を見れば、其の源を遠疏す。山水は無心、人を以て心と為す。一俯一仰、教に非ざるは莫し。
現代語訳
仰いで山を見れば、どっしりと重く動かない。うつむいて水を見れば、広々として果てがない。仰いで山を見れば、春と秋で姿を変える。うつむいて水を見れば、昼も夜も流れ注ぐ。仰いで山を見れば、雲を吐き霞を呑む。うつむいて水を見れば、波を揚げ大波を起こす。仰いで山を見れば、その頂を高くそびえさせている。うつむいて水を見れば、その源を遠くから通わせている。山や水には心がなく、人の心をもって心とする。うつむくにも仰ぐにも、教えでないものはない。
解説
山と水を四度対にして仰ぎ見、俯して見た、詩のような一条です。山は厚く重く動かず、季節とともに姿を変え、雲を吐き、頂を高くそびえさせる。水は広々と果てがなく、昼夜流れ、波を起こし、遠い源から通じている。重厚さ、変化、生み出す力、高さと深さ。そうした姿のひとつひとつが、人の生き方への教えとして読めると一斎は言います。ただし山水自体には心がなく、それを教えとして受け取るのは見る人の心だという指摘が要です。前の山水の体用の条と響き合います。自然の中に教えがあるかどうかは、受け取る側の構え次第です。日々の景色や出来事から何を学び取るかは、自分の心の向け方にかかっていることを示しています。
この章句が説くこと
山水自然観学び心観察
関連する章句
-
言志四録・言志後録 第五十六条 芸能の理は易理余は固より無芸無能なり。然れども人の芸能有るを厭はず。毎に之を諦観すれば、但だ其の理の易理に非ざる無きを見る。
-
『呻吟語』外篇・天地・心は就ち是れ天なり心は就ち是れ天なり。心を欺くは便ち是れ天を欺くなり。心に事ふるは便ち是れ天に事ふるなり。更に須らく蒼蒼の上面に向かひて討むべからず。
-
『呻吟語』内篇・存心・心は天平のごとくならんことを要す心は天平のごとくならんことを要す。物を稱る時、物は忙しくして衡は忙しからず。物去る時、即ち懸空して此に在り。只だ恁く靜虛中正なれば、何等ぞ自在ならん。
-
『呻吟語』内篇・修身・心を大にし虛にし平にし潛め定む其の心を大にして天下の物を容れ、其の心を虛にして天下の善を受け、其の心を平にして天下の事を論じ、其の心を潛めて天下の理を觀、其の心を定めて天下の變に應ず。
-
『正法眼蔵随聞記』巻一示して云く、人は思ひ切て命をも棄て、身肉手足をも截ことは中々せくるゝなり、然あれば世間の事を思ふに、名利執心の為にも多くかくの如く思ひ切るなり、只依り来る時に、事に触れ物に随て、心品を調ふること難きなり、学者身命を捨ると思ふて、且くおしゝづめて、云ふべきことをも、修すべきことをも、道理に順ずるか順せざるかと案じて、道理に順せば云ひ、若くは行じもすべきなり、
-
『呻吟語』内篇・修身・心に城池有り、口に門戶有り心は城池有るを要し、口は門戶有るを要す。城池有れば則ち出でず、門戶有れば則ち縱にせず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る