言志四録 / 言志後録 第百三十条 精神を収斂して読む
收斂精神。以讀聖賢之書。讀聖賢之書。以收斂精神。
新字:収斂精神。以読聖賢之書。読聖賢之書。以収斂精神。
書き下し
精神を収斂して、以て聖賢の書を読み、聖賢の書を読みて、以て精神を収斂す。
現代語訳
精神を引き締め集中させて聖賢の書を読み、聖賢の書を読むことによって、また精神を引き締め集中させる。
解説
読書と精神集中の循環を、語順を入れ替えた対句で示した一条です。聖賢の書は、心を散らしたまま読んでも頭に入りません。だからまず精神を収斂(引き締めてひとつに集める)してから読む。ところが、そうして真剣に読むこと自体が、また精神を収斂させる働きを持つ。集中が読書を深め、読書が集中を深めるという好循環です。一斎は続く条でも、読書を「心学」ととらえ、寧静・沈実・精深・荘敬の心で読めと説いています。読書は知識を得る手段であると同時に、心を整える修養でもあるというのが一斎の一貫した考えです。情報を速く大量に処理することが求められる今、一冊をじっくり読む時間が心にどう働くかを考える手がかりになります。
この章句が説くこと
読書収斂集中修養聖賢
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