言志四録 / 言志後録 第百三十一条 躁ならず懦ならず
好靜厭動謂之懦。好動厭靜謂之躁。躁不能鎭物。懦不能了事。唯敬以貫動靜。不躁不懦。然後能鎭物了事。
新字:好静厭動謂之懦。好動厭静謂之躁。躁不能鎮物。懦不能了事。唯敬以貫動静。不躁不懦。然後能鎮物了事。
書き下し
静を好み動を厭ふ、之を懦と謂ふ。動を好み静を厭ふ、之を躁と謂ふ。躁は物を鎮むる能はず、懦は事を了する能はず。唯だ敬以て動静を貫き、躁ならず懦ならず、然る後に能く物を鎮め事を了す。
現代語訳
静かなことを好んで動くことを嫌うのを「懦」(意気地のなさ)という。動くことを好んで静かなことを嫌うのを「躁」(せっかちな騒がしさ)という。躁の者は物事を落ち着かせることができず、懦の者は事を成し遂げることができない。ただ敬によって動と静とを貫き、躁でもなく懦でもなくなって、はじめて物事を落ち着かせ、事を成し遂げることができる。
解説
人の偏りを「懦」と「躁」の二つに分けた一条です。静かにしていることばかり好んで動こうとしないのが懦、動き回ることばかり好んで落ち着けないのが躁。躁の人は周囲をざわつかせて物事を鎮められず、懦の人は腰が重くて事を仕上げられません。一斎は、どちらかに寄せるのではなく、「敬」によって動と静を一本に貫けと言います。敬とは心を一つに集中させて散らさない朱子学の修養の要で、それがあれば動くべき時に動き、静まるべき時に静まれるというのです。性格の型の話にとどまらず、同じ人でも場面によって躁にも懦にもなりえます。リーダーとして自分がどちらに傾きやすいかを知り、その時々に必要な構えを選ぶための鏡になる言葉です。
この章句が説くこと
敬動静躁懦リーダーシップ
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