言志四録 / 言志後録 第百二十五条 寂と感
收感於寂。是性之情。存寂於感。是情之性。
新字:収感於寂。是性之情。存寂於感。是情之性。
書き下し
感を寂に収むるは、是れ性の情なり。寂を感に存するは、是れ情の性なり。
現代語訳
心が物に感じて動くこと(感)を、静まった本体(寂)のうちに収めるのは、性における情のあり方である。静まった本体(寂)を、物に感じて動く働き(感)の中に保つのは、情における性のあり方である。
解説
『易』繋辞伝の「寂然として動かず、感じて遂に天下の故に通ず」を踏まえ、心の静と動の関係を論じた一条です。寂は心の静まった本体で性にあたり、感は物に触れて動く働きで情にあたります。一斎は両者を切り離さず、動いた心を静けさのうちに収めるところに性の中の情を見、静けさを動きの中に保ち続けるところに情の中の性を見ます。つまり性と情、静と動は互いに含み合っているというのです。前後の山水の条や、敬で動静を貫くという条と響き合う、一斎の心性論の要の一つです。抽象的ですが、感情が動く場面でも芯の静けさを失わず、静かな時にも感受性を閉ざさないという、実務の場でも役に立つ心の持ち方を示しています。
この章句が説くこと
寂感性情動静心性論易
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 第八十条 震艮の工夫は一に帰す「其の背に艮まりて其の身を獲ず。其の庭に行きて其の人を見ず」とは、敬以て誠を存するなり。「震は百里を驚かせども、匕鬯を喪はず」とは、誠以て敬を行ふなり。震と艮とは正倒なれども、工夫は一に帰す。
-
言志四録・言志後録 第百十五条 万物の情を以て情と為す聖人は万物に順ひて情無し。情無きに非ざるなり。万物の情を以て情と為すのみ。
-
言志四録・言志後録 第九十条 静何ぞ曾て動かざらん静を釈して動かずと為すは、訓詁なり。静何ぞ曾て動かざらん。動を釈して静かならずと為すは、訓詁なり。動何ぞ曾て静かならざらん。
-
言志四録・言志後録 第八十一条 性を情に見る昔人謂ふ、道の大端は道心人心に在りて、其の節目は父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の五者の倫に在りと。余謂ふ、道心は性なり。人心は情なり。精一執中は、情を性に約するなり。本体にして、工夫焉に存す。其の功を著す処は、則ち五倫の交はりと為り、親・義・別・序・信の教有り。即ち感応自然の条理にして、性を情に見るなり。工夫にして、本体焉に存す。後の道学を講ずる者、往往にして虚玄に馳せ、高妙に過ぎ、悠渺空曠、性を言語道断・心行路絶の際に覓む。豈に果して人倫ならんや。或は功利を為し、或は詞章を為すは、則ち人倫に於て亦滋々遠し。
-
言志四録・言志後録 第五十二条 心は腔子の裏と外に在り人は須らく心の腔子の裏に在るを認むべし。又須らく心の腔子の外に在るを認むべし。
-
言志四録・言志耋録 第五十九条 無事の時に心を活潑に事有る時に此の心寧静なるは、難きに似て易し。事無き時に此の心活潑なるは、易きに似て難し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る