言志四録 / 言志後録 第百十五条 万物の情を以て情と為す
聖人順萬物而無情。非無情也。以萬物之情爲情耳。
新字:聖人順万物而無情。非無情也。以万物之情為情耳。
書き下し
聖人は万物に順ひて情無し。情無きに非ざるなり。万物の情を以て情と為すのみ。
現代語訳
聖人は万物に従って、情が無い。といっても情が無いのではない。万物の情を自分の情としているだけである。
解説
北宋の程顥(明道)は「定性書」で「聖人の常は、其の情万物に順ひて情無きを以てなり」と述べました。一斎はこの句を引き、聖人に情が無いというのは冷淡だという意味ではなく、自分一個の私情を持たず、万物の情をそのまま自分の情とするのだと解きます。鏡が物を映すように、喜ぶべきものには喜び、悲しむべきものには悲しむ。それが私心のない情のあり方です。前の二条で世界を「情の世界」と捉え、『大学』を情の書として読んだ一斎は、その到達点を聖人の無情の情に見たのでしょう。自分の好みやこだわりを脇に置き、相手や現場の思いをそのまま受け止められているかどうかは、人の上に立つ人が自らを省みる問いになります。
この章句が説くこと
無情情無私共感聖人
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