言志四録 / 言志後録 第百二十四条 山岳も昼夜を舎かず
山嶽亦不舍晝夜。川流亦寂然不動。
新字:山嶽亦不舎昼夜。川流亦寂然不動。
書き下し
山岳も亦昼夜を舎かず。川流も亦寂然として動かず。
現代語訳
山岳もまた、昼も夜も休むことなく(生成の働きを続けている)。川の流れもまた、ひっそりと静まって動かない(本体を保っている)。
解説
常識をわざと裏返した一条です。「昼夜を舎かず」は、孔子が川のほとりで「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」と嘆じた『論語』子罕篇の言葉で、本来は流れる水の形容です。一斎はそれを動かない山に当て、逆に川には「寂然として動かず」という『易』繋辞伝の語を当てます。不動に見える山も、草木を育て雲を吐き、絶えず生成の働きを続けている。絶えず流れる川も、川という姿は少しも変わらず、静かな本体を保っている。前条の体用論を受け、動の中に静があり、静の中に動があることを示しています。休みなく動き回ることだけが働きではなく、落ち着いた姿の中にも働きがある。自分の仕事ぶりを動静の両面から見直すきっかけになる言葉です。
この章句が説くこと
動静不息寂然不動自然観体用
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