言志四録 / 言志後録 第五十二条 心は腔子の裏と外に在り
人須認心在腔子裏。又須認心在腔子外。
書き下し
人は須らく心の腔子の裏に在るを認むべし。又須らく心の腔子の外に在るを認むべし。
現代語訳
人は、心が体の内側にあることを認めなければならない。また、心が体の外側にもあることを認めなければならない。
解説
前の条の「満腔子是れ惻隠の心」を受けて、心の在りかを内と外の両面から説いた一条です。「腔子」は体、胸の内を指します。心がまず自分の体の中にあることを認めるのは、自分の心をしっかり保ち、主体として修養する出発点です。しかしそれだけでは心は自分の内に閉じてしまう。心は体の外にも広がり、他者や天地万物とつながっているとも認めなければならない、と一斎は言います。朱子学の「心を存す」工夫と、陽明学の「万物一体の仁」の両方を見据えた、一斎らしい言葉です。自分を律することと、周りとつながることの両方を心の働きとして捉える視点を示しています。
この章句が説くこと
心内と外存心万物一体
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