言志四録 / 言志後録 第百二十一条 学は補剤の如し
虛羸人常服補劑。不俄覺其効。而久服自有効。此學工夫亦猶是。
新字:虚羸人常服補剤。不俄覚其効。而久服自有効。此学工夫亦猶是。
書き下し
虚羸の人、常に補剤を服す。俄かに其の効を覚えず。而も久しく服すれば自ら効有り。此の学の工夫も亦猶ほ是くのごとし。
現代語訳
体の弱い人が常に補薬を飲む。すぐにはその効き目を感じないが、長く飲み続ければおのずと効果が現れる。この学問の工夫もまた同じである。
解説
学問の修養を、虚弱な人が飲み続ける補薬にたとえた一条です。滋養の薬は、飲んですぐに効き目がわかるものではありません。しかし長く続けるうちに、いつのまにか体力がついている。学問の工夫もそれと同じで、一日や二日で成果を実感できるものではなく、続けることそのものに意味があると一斎は言います。一斎自身、四十二歳から八十歳を過ぎるまで四十年近く言志四録を書き継いだ人であり、この比喩には長い歳月の実感がこもっています。すぐに成果を求められる現代の仕事や学びにおいても、効き目が見えない時期をどう続けるかという問いは避けられません。即効性だけで取り組みの価値を測っていないか、振り返るきっかけになります。
この章句が説くこと
継続学問の工夫漸進忍耐蓄積
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