言志四録 / 言志後録 第百十九条 学は己の為にす
矯弊之說。必復生弊。只當知學爲己。知學爲己者。必求之於己。是心學也。至於得力處。則宜任其所自得。雖有小異。不害大同。
新字:矯弊之説。必復生弊。只当知学為己。知学為己者。必求之於己。是心学也。至於得力処。則宜任其所自得。雖有小異。不害大同。
書き下し
弊を矯むるの説は、必ず復た弊を生ず。只だ当に学は己の為にするを知るべし。学は己の為にするを知る者は、必ず之を己に求む。是れ心学なり。力を得る処に至りては、則ち宜しく其の自得する所に任すべし。小異有りと雖も、大同を害せず。
現代語訳
弊害を正そうとして立てた説は、必ずまた新たな弊害を生む。ただ、学問は自分自身のためにするものだと知ればよい。学問は己のためにすると知る者は、必ず答えを自分の内に求める。これが心学である。力を得るところ(工夫の手応えをつかむ要所)については、各人が自ら会得したものに任せるのがよい。多少の違いがあっても、大筋が同じであることを損なうものではない。
解説
ある学説の弊害を正そうとして別の説を立てると、その説がまた新しい弊害を生む。朱子学と陽明学の論争を間近に見てきた一斎の実感がこもった言葉です。一斎は、学派の対立に深入りするよりも、『論語』の「古の学者は己の為にす」に立ち返れと言います。学問を自分の心の問題として引き受ける者は、答えを外の権威でなく自分に求めます。そして具体的な工夫の手がかりは人それぞれでよく、小さな違いは大きな一致を損なわないと述べます。昌平坂学問所で朱子学を講じながら陽明学にも理解を示した一斎らしい寛さです。方法論の違いで対立しがちな組織にとって、目的が共有されていれば手段の違いは許せるのではないか、と考える材料になります。
この章句が説くこと
為己の学心学自得小異大同学派
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