言志四録 / 言志録 第百六十六条 門戸を標榜するは人欲の私
爲學標榜門戶。只是人欲之私。
新字:為学標榜門戸。只是人欲之私。
書き下し
学を為して門戸を標榜するは、只是れ人欲の私なり。
現代語訳
学問をするのに自分の学派の看板を掲げて誇るのは、ただ人欲の私心にすぎない。
解説
学派争いを戒めた短い一条です。江戸後期の学界では、朱子学、陽明学、古学、折衷学などがそれぞれ門戸を張り、互いに批判し合っていました。一斎は昌平坂学問所の儒官として朱子学を講じる立場にありながら、陽明学にも深く学び、「陽朱陰王」と評されたほどです。その一斎が、学派の看板を掲げることは道を求める心ではなく、自分や一門の名を立てようとする私欲にすぎないと言い切ります。学問の目的は道を得ることであって、派閥の勝ち負けではないという立場です。組織の中でも、部署や出身、手法の違いにこだわるうちに本来の目的を見失っていないか、省みる手がかりになります。
この章句が説くこと
学問門戸私欲派閥公平
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