言志四録 / 言志耋録 第百九十四条 古の学者は己の為にす
古之學者爲己。故其言亦固爲己。又以其在己者。語之於人而已。非强之。今之立言者反之。
新字:古之学者為己。故其言亦固為己。又以其在己者。語之於人而已。非強之。今之立言者反之。
書き下し
古の学者は己の為にす。故に其の言も亦固より己の為にす。又其の己に在る者を以て、之を人に語るのみ。之を強ふるに非ず。今の言を立つる者は之に反す。
現代語訳
昔の学ぶ者は、自分を修めるために学んだ。だからその言葉も、もとより自分のためのものであった。また自分の身についたものを人に語るだけであって、それを人に押しつけることはなかった。今の、言説を立てて世に示す者はこれと反対である。
解説
『論語』憲問篇の「古の学者は己の為にし、今の学者は人の為にす」を、言葉の問題に広げた条です。「己の為」とは自分の人格を磨くための学問、「人の為」とは人に認められるための学問を言います。一斎は、昔の学者の言葉は自分に言い聞かせるものであり、それが人に届くとしても、身についたものを自然に語るだけで強いることはなかったと言います。今の論者は逆に、自分が実践していないことを人に説き、押しつける。四十余年にわたって自らへの戒めとして書きためた『言志四録』そのものが、「己の為」の言葉の実践だったとも言えるでしょう。人に何かを説く前に、それが自分の身についているかを問う視点を与えてくれます。
この章句が説くこと
為己の学言語修養言行一致
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呉子・図国篇呉起、儒服にして兵機を以て魏の文侯に見ゆ。文侯曰く、「寡人は軍旅の事を好まず」と。起曰く、「臣は見るるところを以て隠れたるを占い、往きしを以て来たるを察す。主君何ぞ言と心と違うことを言わるるや。今、君は四時に人をして皮革を斬り離たしめ、掩うに朱漆を以てし、画くに丹青を以てし、爍かすに犀象を以てす。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟は二丈四尺、短戟は一丈二尺を為る。革車は戸を奄い、輪を縵にし轂を籠む。之を目に観れば則ち麗しからず、之に乗りて以て田すれば則ち軽からず。識らず、主君安んぞ此を用いんや。若し以て進みて戦い退きて守るに備うるも、能く用うる者を求めざれば、譬えば猶お伏鶏の狸を搏ち、乳犬の虎を犯すがごとし。闘心有りと雖も、之に随いて死せんのみ。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廃し、以て其の国を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好み、以て其の社稷を喪えり。明主は茲に鑒み、必ず内には文徳を修め、外には武備を治む。故に敵に当たりて進まざるは、義に逮ぶこと無きなり。僵屍して之を哀しむは、仁に逮ぶこと無きなり」と。是に於いて文侯は身自ら席を布き、夫人は觴を捧げ、呉起を廟に醮し、立てて大将と為し、西河を守らしむ。諸侯と大いに戦うこと七十六、全勝六十四、余は則ち鈞しく解く。土を四面に闢き、地を拓くこと千里なるは、皆な起の功なり。
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