言志四録 / 言志後録 第百十三条 皆情の世界なり
古徃今來。一塊堪輿。皆情世界也。感應之幾在於此。而有公私焉。爲政者宜先持其公情以待物。使人各得其公情而已。然私情亦有可恕令達無碍者。臨事酌其輕重可也。
新字:古往今来。一塊堪輿。皆情世界也。感応之幾在於此。而有公私焉。為政者宜先持其公情以待物。使人各得其公情而已。然私情亦有可恕令達無碍者。臨事酌其軽重可也。
書き下し
古往今来、一塊の堪輿は、皆情の世界なり。感応の幾此に在りて、公私有り。政を為す者は宜しく先づ其の公情を持して以て物を待ち、人をして各其の公情を得しむべきのみ。然れども私情も亦恕して達せしめて碍無からしむべき者有り。事に臨みて其の軽重を酌みて可なり。
現代語訳
昔から今に至るまで、この一つの天地(堪輿)は、すべて情の世界である。感じ応じ合う兆しはここにあり、そこには公と私とがある。政治を行う者は、まず自分が公の情を持って人や物事に対し、人々にそれぞれ公の情を遂げさせるようにすべきである。しかし私の情であっても、大目に見て遂げさせ、妨げのないようにしてやるべきものもある。事に臨んで、その軽重を斟酌すればよい。
解説
この世はすべて情で動いている、という一斎の人間観がよく表れた条です。人と人とが感じ応じ合うところに世の中は成り立ち、そこには公の情と私の情があります。為政者はまず自分が公の情に立って人に接し、人々がそれぞれ正当な思いを遂げられるようにすべきだと言います。しかし一斎は、私情を一律に退けるわけではありません。私情にも許して遂げさせてよいものがあり、それは事に応じて軽重を量ればよいとします。先の「為政の五件」で挙げた軽重の判断がここでも生きています。規則一辺倒でも情に流されるのでもなく、人の思いを汲みながら公私の線を引くことは、人を預かる立場の人が日々向き合う難しさそのものでしょう。
この章句が説くこと
情公私為政感応軽重
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