言志四録 / 言志後録 第百十二条 不苟と不愧
不苟字。可以寡過矣。不愧字。可以遠咎矣。
書き下し
苟もせずの字は、以て過を寡くすべし。愧ぢずの字は、以て咎を遠ざくべし。
現代語訳
「苟もせず(いいかげんにしない)」という言葉を守れば、過ちを少なくすることができる。「愧ぢず(恥じるところがない)」という言葉を守れば、とがめを遠ざけることができる。
解説
二つの言葉を座右の銘として掲げた条です。「不苟」は、何事もかりそめに、いいかげんに済ませないこと。『荀子』に不苟篇があり、『礼記』にも「臨財毋苟得」などの句が見えます。これを守れば過ちは自然と少なくなります。「不愧」は、『孟子』尽心篇の「仰いで天に愧ぢず、俯して人に怍ぢず」に通じる語で、天にも人にも恥じない行いをすれば、人からとがめられることも遠のきます。前者は仕事の丁寧さ、後者は心のやましさのなさに関わり、合わせて日々の行いを点検する物差しになります。複雑な規則や手順を覚える前に、この二つの言葉を心に置くだけで、多くのミスや不祥事は防げるのではないかと考えさせてくれます。
この章句が説くこと
不苟不愧慎み誠実過ち
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尚書・說命中寵を啓きて侮りを納るる無かれ、過ちを恥じて非を作す無かれ。
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