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言志四録 / 言志後録 第百五条 呼びて人心と做す

人當自認我有軀。軀爲何物。耳有天性之聰。目有天性之明。鼻口有天性之臭味。手足有天性之運動。此物也各專於一。而不能自主。則其與物感應。而物之自外至。或有塗耳目。膠鼻口。爲其所牽引。以拗其天性。故人之爲善。固是自然之天性。而爲惡亦是拗後之天性。以其涉於體軀。如是之危也。呼做人心。

新字:人当自認我有躯。躯為何物。耳有天性之聰。目有天性之明。鼻口有天性之臭味。手足有天性之運動。此物也各専於一。而不能自主。則其与物感応。而物之自外至。或有塗耳目。膠鼻口。為其所牽引。以拗其天性。故人之為善。固是自然之天性。而為悪亦是拗後之天性。以其渉於体躯。如是之危也。呼做人心。

書き下し

人当に自ら我に軀有るを認むべし。軀は何物たる。耳には天性の聡有り、目には天性の明有り、鼻口には天性の臭味有り、手足には天性の運動有り。此の物や各一に専らにして、自ら主たる能はず。則ち其の物と感応して、物の外より至るや、或は耳目を塗り、鼻口を膠し、其の牽引する所と為りて、以て其の天性を拗る。故に人の善を為すは、固より是れ自然の天性にして、悪を為すも亦是れ拗りし後の天性なり。其の体軀に渉るを以て、是くの如く之れ危ふし。呼びて人心と做す。

現代語訳

人は、自分に体があることを、自ら認めなければならない。体とは何か。耳には生まれつきよく聞こえる力があり、目には生まれつきよく見える力があり、鼻と口には生まれつき匂いと味を感じる力があり、手足には生まれつき動く力がある。これらはそれぞれ一つの働きに専念していて、自ら主となることはできない。そこで外の物と感じ応じ合い、物が外からやってくると、耳や目を塗りふさぎ、鼻や口にねばりつき、それに引きずられて、生まれつきの性をねじ曲げてしまう。だから人が善をなすのは、もとより自然の天性であり、悪をなすのもまた、ねじ曲げられた後の天性なのである。体に関わるがゆえに、このように危ういのである。これを呼んで人心というのである。

解説

前条の道心に続き、人心を説いた条です。耳目鼻口手足には、それぞれ聞く、見る、嗅ぎ味わう、動くという天性の働きがありますが、どれも一つの働きに専念していて自分を律することができません。そのため外からの刺激に引きずられ、天性をねじ曲げてしまう。一斎は、悪もまた天性がねじ曲げられたものにすぎず、根は善と同じだと見ます。性善説に立ちながら、悪の生じる仕組みを身体と外物との関係で説明した点が特徴です。『書経』の「人心は惟れ危ふし」の「危」を、体に関わるがゆえの危うさと読み解いています。欲しいもの、見たいものに引きずられる感覚の働きを知ることは、誘惑の多い環境で判断を保つための第一歩と言えるでしょう。

この章句が説くこと

人心天性感覚欲望性善

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