言志四録 / 言志後録 第百四条 呼びて道心と做す
人當自認我軀有主宰。主宰爲何物。物在何處。主於中而守於一。能流行。能變化。以宇宙爲體。以鬼神爲迹。靈靈明明。至微而顯。呼做道心。
新字:人当自認我躯有主宰。主宰為何物。物在何処。主於中而守於一。能流行。能変化。以宇宙為体。以鬼神為迹。霊霊明明。至微而顕。呼做道心。
書き下し
人当に自ら我が軀に主宰有るを認むべし。主宰は何物たる、物は何処に在る。中に主として一を守り、能く流行し、能く変化し、宇宙を以て体と為し、鬼神を以て迹と為し、霊霊明明、至微にして顕なり。呼びて道心と做す。
現代語訳
人は、自分の体に主宰するものがあることを、自ら認めなければならない。その主宰するものとは何であり、どこにあるのか。それは内にあって主となり、一つを守り、よく流れ行き渡り、よく変化し、宇宙をその本体とし、鬼神(天地の霊妙な働き)をその足跡とし、霊妙で明らかであり、きわめて微かでありながら明らかに現れている。これを呼んで道心というのである。
解説
ここから三条続けて、『書経』の「道心」「人心」を一斎なりに定義していきます。この条は道心についてです。体の中には、それを動かす主宰者がいる。それは内にあって一つを守りながら、流れ行き渡り、変化し、宇宙全体を体とし、鬼神の働きをその痕跡とする、きわめて微かでありながら明らかなものだと言います。「至微にして顕」は、『書経』の「道心は惟れ微なり」と『中庸』の「微の顕なる」を重ね合わせた表現でしょう。自分の内なる主宰者を宇宙と同じ広がりで捉える見方は、朱子学の理の思想と陽明学の良知の思想の両方に通じています。周囲に流されそうなとき、自分の中で何が舵を握っているかを確かめる手がかりとなる条です。
この章句が説くこと
道心主宰心性宇宙
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