言志四録 / 言志後録 第百二条 道は固より活く
道固活。學亦活。儒者於經解釘牢繩縛。并道與學幾死。須拔其釘。解其縛。令得蘇回可也。
新字:道固活。学亦活。儒者於経解釘牢縄縛。并道与学幾死。須抜其釘。解其縛。令得蘇回可也。
書き下し
道は固より活き、学も亦活く。儒者経解に於て釘牢縄縛し、并せて道と学と幾ど死す。須らく其の釘を抜き、其の縛を解き、蘇回するを得しむべし。
現代語訳
道はもともと生きたものであり、学問もまた生きたものである。ところが儒者は経書の解釈において、釘で固く打ちつけ、縄できつく縛るようにしてしまい、そのために道も学問もほとんど死んでしまった。その釘を抜き、その縄を解いて、生き返らせなければならない。
解説
経書の注釈を一字一句に固定し、それ以外の読み方を許さない学風への痛烈な批判です。道も学問も本来は生きて働くものなのに、解釈を釘で打ちつけ縄で縛るようにして、かえって殺してしまっていると一斎は言います。表向きは幕府の官学である朱子学の儒官でありながら、陽明学にも理解を示し「陽朱陰王」と評された一斎ならではの言葉でしょう。数条前の、静と動を字義で片づける訓詁への批判とも重なります。釘を抜き縛めを解くとは、古典を捨てることではなく、自分の生きた問いを持って読み直すことです。社内のルールやマニュアルも、制定時の目的を離れて文言だけが固定されると、組織を縛るだけのものになりかねないと気づかせてくれます。
この章句が説くこと
活学経解形式主義学問陽朱陰王
関連する章句
-
『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法それらは善い方を賞讃し上げるけれども、ただ善いことのみを申して、悪い批評を言わねば、あるいは諛言を呈する嫌いがあるから、ごく腹蔵のないところを無遠慮に申すとて、私の接触したのが、官辺とか会社とかまたは学校などであったから、余計にそういう事が眼に着いたのかも知れぬけれども、とかく形式を重んずるという弊があって、事実よりは形式に重きを置くということが強く見える。アメリカは最も形式を構わぬ流儀であるから、その眼から特に際立って見えるのかも知れぬけれども、少しく形式に拘泥する弊害が強くなっておりはせぬか。一体の国民性がそれであるとすれば、これはよほど御注意せねばならぬことと思う。またどこの国でも、同じ説が一般に伝わるという訳にはいかぬ。一人が右といえば一人は左という。進歩党があれば保守党がある。政党でも時として相反目する者が生ずるけれども、それがヨーロッパあるいはアメリカであれば、よほど淡泊でかつ高尚だ。しかるに日本のは淡泊でもなければ高尚でもない。
-
『論語と算盤』理想と迷信・日新なるを要す政治界における今日の遅滞は、繁縟に流れるからのことである。官吏が形式的に、事柄の真相に立ち入らずして、例えば、自分にあてがわれた仕事を機械的に処分するをもって満足している。いや官吏ばかりでない、民間の会社や銀行にも、この風が吹き荒んで来つつあるように思う。一体形式的に流れるのは、新興国の元気鬱勃たる所には少ないもので、長い間、風習が続いた古国に多いものである。幕府の倒れたのはその理由からであった。「六国を滅ぼす者は六国なり、秦にあらざるなり」と言ってある。幕府を滅ぼしたるは幕府のほかなかった。大風が吹いても強い木は倒れぬ。
-
『驢鞍橋』卷下その下炬を聞けば、不生不滅不去不来無我無人無住所本来空虚空同体抔と云ふ、是れどてのことと思ふて云はるゝや。不相応の下炬也。なせ然らは供を好みたる人の下炬を、如何にも善住所に大名と生れ富貴万福万歳楽と造らざるや。扨て扨てすぢなきこと哉是程の理さへ知らさる土坊主計にて、世界は無明の闇となること口惜しき次第也。是非とも此の道理、御公義へ申上度思へども未た天道に許されず、御坊主達一絡索必す覚え置るべしと也。
-
『秘本玉くしげ』下 法の名ばかりたとひ少々法にははづるることありとも、とかく情実をよく勘へて軽むる方は難なかるべし。さて又異国にては、怒りにまかせてはみだりに死刑に行ひ、貴人といへども会釈もなく厳刑におこなふならひなるに、本朝にては重き人はそれだけに刑をもゆるく当らるるは、これ又ありがたき御事也。何事にても先規よりの法を守るといふは、天下一同の事にてまことによろしきこと也。然れども近来は、これを守るといふはただ名ばかりにて、実は大にくづれて、其法の本意にも背ける事のみ多し。又法は法と立おきて、其法をよけてさはらぬやうに悪事をなす者甚多きを、ただ法だに立ば、いかほど悪事をなす者有てもとがめざる事あり。たとへば関所をこゆればかなはざる者も、ぬけ道をして通ればとがむる事なく、其関をさへ越ざれば見のがすやうのことあり。万の事に此類おほし。
-
牧民忠告・宣化農の勤惰(きんだ)は、一歲の苦樂繋(か)かる所なれば、其の當に為すべき所、勸むるを待たざる者有り。時に因りて行治し、其の工を輟(や)め業を廢する者を視て之を切責すれば、遠近之を聞きて、必ず自ら勵(はげ)むを知らん。常に世の農を勸むる者を見るに、期に先んじて以て告げ、酒食を鳩(あつ)め、郊原に候し、將迎奔走して、絡繹(らくえき)寧(やす)きこと無く、蓋(けだ)し數日騷然たるなり。至れば則ち胥吏(しょり)・童卒雜然として威を生じ、賂遺(ろい)徵取(ちょうしゅ)、下(くだ)りて雞豚(けいとん)に及ぶ。名づけて之を勸むと為すも、其の實は之を擾(みだ)し、名づけて之を優(ゆう)すと為すも、其の實は之を勞す。嗟夫(ああ)、勸農の道他無し、其の時を奪わざるのみ。繁文末節、當に之を略すべし。
-
『韓非子』解老第二十禮繁き者は實心衰うるなり。...夫れ禮は、忠信の薄きにして、亂の首か。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る