言志四録 / 言志後録 第七十四条 遠游艱難に力を得る
孔子在齊聞韶學之。之杞得夏時。之宋得坤乾。觀周感慨往古。微服於宋。厄於陳蔡。適衞適鄭適楚。皆不得意。聖人之學。盖得力於遠游艱難也多矣。
新字:孔子在斉聞韶学之。之杞得夏時。之宋得坤乾。観周感慨往古。微服於宋。厄於陳蔡。適衛適鄭適楚。皆不得意。聖人之学。盖得力於遠游艱難也多矣。
書き下し
孔子斉に在りて韶を聞きて之を学び、杞に之きて夏時を得、宋に之きて坤乾を得、周を観て往古を感慨し、宋に微服し、陳蔡に厄し、衛に適き鄭に適き楚に適き、皆意を得ず。聖人の学は、盖し力を遠游艱難に得ること多し。
現代語訳
孔子は斉の国で韶(舜の音楽)を聞いてこれを学び、杞の国へ行って夏王朝の暦を手に入れ、宋の国へ行って殷の易(坤乾)を手に入れ、周の都を見て古えをしのんで感慨にふけり、宋では身をやつして難を逃れ、陳と蔡の間では食糧が絶える苦難にあい、衛へ行き、鄭へ行き、楚へ行ったが、どこでも志を遂げられなかった。聖人の学問は、思うに、遠く旅をし、艱難を経験することによって力を得たところが多いのである。
解説
前条の「遊観」に続き、孔子の旅と苦難を列挙した条です。斉で韶の楽を聞いたことは『論語』述而篇に、杞で夏の暦、宋で殷の易を得たことは『礼記』礼運篇に、宋での微服は『孟子』万章篇に、陳蔡の厄は『論語』衛霊公篇などに見えます。孔子は諸国を巡っても用いられませんでしたが、一斎はその不遇の旅路こそが聖人の学を鍛えたと見ます。昌平坂学問所の儒官として江戸に長く身を置いた一斎が、若き日の遍歴や挫折を重ねていたのかもしれません。思い通りにいかない異動や出張、不遇の時期を、後から力の源として振り返れるかどうかを考えさせる一条です。
この章句が説くこと
艱難旅学問不遇経験
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