言志四録 / 言志後録 第六十一条 軽く看て区処す
人情事變。或做深看處之。却有失當者。大抵輕看區處。中肯綮者不少。
新字:人情事変。或做深看処之。却有失当者。大抵軽看区処。中肯綮者不少。
書き下し
人情事変、或いは深く看るを做して之を処すれば、却つて当を失ふ者有り。大抵軽く看て区処すれば、肯綮に中る者少なからず。
現代語訳
人の心の動きや事態の変化は、深く考えすぎて対処すると、かえって的を外すことがある。たいていは軽く見て処置したほうが、急所にぴたりと当たることが少なくない。
解説
人の気持ちや事態の変化に対処するとき、深読みしすぎるとかえって見当違いになる、という経験に根ざした一条です。「肯綮に中る」は、荘子の庖丁の話に由来する言葉で、骨と肉のつなぎ目、つまり急所を的確に突くことを言います。相手の言動の裏をあれこれ勘ぐったり、事態を必要以上に重大視したりすると、かえって余計なこじれを生む。むしろ肩の力を抜いて素直に見たほうが、要点を外さないことが多いというのです。前に説いた、難事は一晩寝かせて考えよという条とは一見逆ですが、熟慮すべき大事と、軽く扱うべき日常の人間関係とを見分けることこそが肝要なのでしょう。考えすぎて動けないときに思い出したい言葉です。
この章句が説くこと
判断人情事変深読みの戒め肯綮
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